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「地獄に堕ちるわよ」を観て考えた、私の仕事の原点
またまたNetflixの話題で恐縮ですが、
先日、「地獄に堕ちるわよ」を視聴しました(^.^)
2000年代前半、テレビ番組に引っ張りだこだった
占い師・細木数子さんの人生を描いた作品です。
これ、非常に面白いです!
私自身、当時テレビでリアルタイムに、
レイザーラモンHGさんが腰を振り細木さんが激怒するシーンを見ていました。
あの場面、今思い返しても、
テレビ越しに異常なほどの緊張感がありました。
映画の中でもその場面が短い時間ではありますが再現されており、
「ああ、これ見たなあ」と、思わず笑ってしまいました。
さて、
この作品の中で描かれていた細木数子さんは、
決してきれいごとだけで成り上がってきた人ではありません。
数々の悪行らしきものも描かれていましたし、
その一方で本人自身も人に騙されたり、
裏切られたりしながら生き抜いてきました。
その中で印象的だったのが、細木さんの子どもの頃の原体験です。
貧しい家庭環境の中で育ち、
小学生の頃にこんな言葉を口にしたとされています。
「騙すより、騙される方が悪い」
本当に本人がそう言ったのかどうかは分かりません。
ただ、少なくとも映画の中では、
その言葉が細木数子さんのその後の生き方を象徴するものとして描かれていました。
人を信じるよりも、利用されないこと。
弱者でいるよりも、強者になること。
きれいごとよりも、現実を勝ち抜くこと。
そのような価値観が、幼い頃の体験を通じて、
彼女の中に深く刻まれていったのだと思います。
もちろんその価値観が良いか悪いかは別の話です。
ただ、ひとつ言えるのは、
人の考え方や行動の源泉には、必ず何らかの原体験があるということです。
幼い頃の教育。
親の価値観。
強烈な成功体験。
忘れられない失敗。
誰かに言われた一言。
あるいは、心に残っている悔しさや痛み。
そうしたものが積み重なって、
その人にとっての「大切にしたい価値観」や
「譲れない判断基準」が作られていくのだと思います。
これは、実は私自身の仕事における価値観にも通じています。
私が仕事をする上で大切にしている言葉があります。
【クライアントよりも真剣に】
クライアントに起こる出来事に、
クライアントよりも真剣に向き合い、
得られた結果に一喜一憂する。
私はこの姿勢をとても大切にしています。
ではなぜ私がこの言葉を大切にするようになったのか?
それは私がある社会保険労務士法人で役員をしていた頃の経験にあります。
当時私は小さな個人の社会保険労務士事務所を、その法人に譲渡し役員として働いていました。
個人事務所の頃からお付き合いのあったクライアントも、その法人に引き継ぐ形になりました。
しかし、法人の方針として、
より多くの案件を効率的にこなしていく必要がありました。
その中で、私自身も大量の業務に追われるようになり、
以前からお付き合いのあったクライアントへの対応が、
少しずつ事務的になっていったのだと思います。
自分では昔と変わらず対応しているつもりでした。
しかし、あるとき、長くお付き合いのあった社長から、
こんな言葉をいただきました。
「木貞さん、あんた最近ロボットみたい」
「私が相談したことを、淡々と事務的に打ち返してきてるでしょ」
「どうしてしまったのよ?」
この言葉は本当にショックでした。
私としては手を抜いているつもりはありませんでした。
むしろ目の前の業務を必死にこなしていたつもりでした。
しかし、クライアントから見れば、
以前のように一緒に悩み、一緒に考え、
一緒に喜んだり悔しがったりする木貞ではなくなっていたのです。
いわば、すっかり「サラリーマン社労士」になっていたのだと思います。
そのときに私は強く感じました。
「今の環境のままでは、自分が本当に大切にしたい関わり方はできない」
「このままでは、自分が社労士として何をしたかったのかを見失ってしまう」
そう考えその法人を辞めることを決めました。
そして再独立したときに、
自分の中で改めて誓ったのが、
【クライアントよりも真剣に】
という姿勢です。
クライアントから相談を受けたとき、単に法律上の正解を返すだけではなく、
その会社にとって何が一番よいのかを一緒に考える。
経営者が悩んでいるなら、
その悩みを自分ごとのように受け止める。
研修を依頼されたなら、ただ話して終わりではなく、
その後の職場が少しでも良くなることに本気でこだわる。
そんな関わり方をしていきたいと思っています。
人は何かしらの体験を通じて、
自分が本当に大切にしたいものに気づくのだと思います。
細木数子さんにとっては、
幼い頃の厳しい環境が、
「騙される側ではなく、騙す側に回る」
という価値観を生んだのかもしれません。
私にとっては、
「あんた最近ロボットみたい」
という一言が今の仕事の原点になっています。
もちろん私は占い師ではありませんので、
誰かに向かって「地獄に堕ちるわよ」
と言うことはありません。
ただ、クライアントへの対応が事務的になりすぎて、
また「ロボットみたい」と言われそうになったときは、
自分自身にこう言い聞かせたいと思います。
「あんた、ロボットに戻るわよ」
いやいや、
それだけはなんとしても避けたいところ…
そんなことを考えながら、
「地獄に堕ちるわよ」を
観ていたというお話でした(^.^)
「ハラスメント予防」イラっとしたときに見えてくる自分の価値観
先日、ハラスメント予防研修を
お客様の管理職向けに実施してきました。
当日は開始20分前に到着し、
持参したスクリーンやプロジェクターの準備も無事完了。
「さて、あとはパソコンをつないで始めるだけだな」
と思った、その瞬間でした。
「あれ、パソコンがない……!」
そうなんです。
パワーポイントを保存した肝心のパソコンを、
まさかの自宅に忘れてしまっていたのです。
確かに家を出るとき、
「今日はなんだか荷物が少ないな」
とは感じていました。
ですが、まさか一番大事なものを忘れているとは思いもしませんでした。
慌てて取りに戻ったのが、研修開始15分前。
幸い、お客様の会社が自宅から1キロも離れていなかったため、
なんとか開始時間ギリギリで間に合わせることができました。
15年近く研修の仕事をしてきましたが、パソコンを忘れるという失態は今回が初めてです。
最悪の場合でも、
クラウドに保存していたパワーポイントをお客様のパソコンから
ダウンロードするという方法はあったと思います。
ただ、その場ではとにかく焦りましたし、
自分でもかなりショックでした。
やはり、慣れてきた頃が一番危ないのかもしれません。
皆さんも、どうぞ“慣れ”にはご注意ください。
閑話休題、前回はハラスメントについて、
相手の立場や人生の背景に思いを寄せる大切さを書きました。
……ところがですね。
先日、ある仕事仲間に対して、私自身がイラっとしてしまい、
少し強い口調で注意をしてしまったんです。
もちろん、この出来事そのものが
直ちにハラスメントというわけではありません。
ただ、そのあとで私はふと考えました。
「自分は、なぜこんなにイラっとしたのだろう?」
そこで振り返ってみると、
原因は相手の人柄そのものではなく、
価値観や、仕事を進めるうえでの姿勢の違いにあるのだと気づきました。
たとえば、クライアント先に20分前集合で向かうとします。
初めて訪問する会社であれば、
私は事前にパソコンのGoogleマップで場所を確認します。
もし表示が曖昧なら、
その周辺をストリートビューで見ます。
それでも分かりにくければ、
ホームページや求人情報まで見て情報を集めます。
車のナビがあてにならないこともあるので、
スマホのGoogleマップも併用します。
私にとっては、
「それくらいするのが当たり前」
なのです。
だから、そうした準備を十分にしないまま、
「車のナビがうまく表示してくれませんでした」
という理由で遅刻しそうになると、正直、
「それは甘いのではないか」
と感じてしまいます。
ただ、ここで大事なのは、
この“当たり前”は、私がこれまでの仕事経験の中で
積み重ねてきた価値観だということです。
つまり、私にとっては自然なことでも、
相手にとってはそうではないかもしれない。
そして人は、自分が大事にしている価値観と
正反対の行動を見たときに、強くイラっとしやすいのだと思います。
たとえば、
決まったことを決まった通りに進めたい上司からすれば、
新しい提案を次々に出してくる部下は煩わしく感じるかもしれません。
逆に、スピード感を大事にしたい上司からすれば、
細かいことにこだわって慎重になかなか動かない部下にイラっとするかもしれません。
つまり、ハラスメントが起こる動機は、
こうした価値観の衝突の中に隠れていることがあるのです。
別の言い方をすれば、
イラっとする相手がいることで、逆に
「自分は何を大事にしているのか」
が見えてくることもあります。
だからこそ、そこで頭ごなしに相手を否定するのは違うのだと思います。
そうではなく、
自分はなぜイラっとしたのか?
そこにある自分の価値観や姿勢は何か?
その価値観は仕事にどんな良い影響を与えるのか?
こうしたことを自分の中で整理したうえで、
相手にきちんと説明することが大切なのだと思います。
銀行員時代、私のまわりには、
今で言えば“ハラスメントっぽい”先輩もたくさんいました(笑)
それでも、できる上司や先輩は、ただ怒るだけではありませんでした。
なぜそれが必要なのか、
なぜそうしなければならないのかを、きちんと説明してくれたのです。
私が
「いや、でもですね……」
と食い下がっても、その先輩たちは、
すでに同じような疑問や反発を昔経験しているので、きちんと答えてくれました。
一方で、できない上司はどうだったか。
「そんなの当たり前だろ!」
この一言で終わりです。
すると、その言葉は私の中で、
「この人は自分の価値観を押し付けてくる人だ」
という印象に変わり、やがて
「嫌いな上司」
というレッテルになっていきました。
ちなみに、養命酒製造(株)がサラリーマンに取ったアンケート調査では、
上司の
「当たり前でしょ、常識でしょ」
というセリフは、部下を疲れを倍増させるセリフの第1位に挙がっています(笑)
たしかに、言われた側からすれば、
「いや、その“当たり前”の中身を知りたいんですけど……」
と言いたくなりますよね。
結局、何が言いたいのか。
それは、イラっとしたときこそ、
自分の価値観や姿勢を見つめ直すことが大事だということです。
そのうえで、自分の考えに偏りがないかを確認する。
もしその考えに妥当性があるのなら、
相手に分かるようにきちんと説明する。
ここを省いて、感情だけでぶつかってしまうと、
指導はすぐに“押し付け”に変わってしまいます。
ハラスメントを防ぐために必要なのは、
ただ怒らないことだけではありません。
自分の価値観を自覚すること。
そして、それを相手に伝わるように説明すること。
これもまた、とても大切なことなのだと思います。
……とはいえ、私自身もまだまだ修行中です。
イラっとした瞬間に冷静になれたら苦労しませんが、
せめてあとからでも
「自分は何に反応したのか」
を振り返ることは忘れないようにしたいものです。
そして願わくば、今後私が
「そんなの当たり前でしょう!」
と言いそうになったときは、心の中で誰かがそっと
「それ、部下がいちばん疲れるやつですよ」
と教えてくれたらありがたいなと思います(笑)
ネトフリ「氷点」を観てあらためて考えた「相手の立場」
最近、ハラスメント予防研修の講師を務める中で、
よく受講者の皆さんにお伝えしている言葉があります。
「全ての社員は、家に帰れば自慢の娘であり、息子であり、尊敬されるべきお父さんやお母さんだ。」
「そんな人たちを職場のハラスメントで苦しめたり、うつに至らしめたりしていいわけがないだろう。」
これは、ある会社の役員の言葉で、
厚生労働省のホームページにも掲載されている有名な言葉です。
私はこの言葉を聞くたびに、
胸がぐっと締めつけられるような思いになります。
なぜこんなにも心に響くのだろう?
そう考えてみたとき、ひとつの答えにたどり着きました。
それは、職場での「社員」という立場の奥にある、
その人の人生そのものを思い出させてくれるからです。
会社の中では、部下、同僚、後輩、あるいは上司という関係で見てしまいがちです。
でも、その人は会社の外では、誰かにとって大切な家族です。
家に帰れば、子どもにとっては尊敬すべきお父さん、お母さんかもしれない。
親にとっては、自慢の息子や娘かもしれない。
そう考えるとハラスメントは単なる職場内のトラブルではありません。
一人の人間の尊厳や人生そのものを傷つける行為なのだと強く感じさせられます。
もし自分の家族が職場でそんな扱いを受けていたらどう思うか?
もし自分の大切な人が理不尽な言葉で追い詰められ、苦しみ、心を病んでいったらどう感じるか?
そう想像すると、
「そんなことがあっていいわけがない」
と思うはずです。
私は、この言葉には
「加害者には被害者の人生や家族にまで思いを巡らせてほしい」
そんな願いが込められているように感じています。
結局のところ、ハラスメントを防ぐうえで大切なのは、
相手の立場に立って考えることなのだと思います。
もちろん、言うほど簡単ではありません。
相手の気持ちを完全に分かることなど、本当はできないでしょう。
それでも想像しようとすることはできる。
相手の背景やその人の大切なものに思いを向けることはできるはずです。
相手の家族の顔をイメージすることはできるはずです。
そんなことを考えていたとき、
最近観たドラマ『氷点』のことを思い出しました。
石原さとみが主人公のドラマで、詳しく書くとネタバレになってしまうので控えますが、
相手の立場になって考えざるを得ない場面に遭遇した人間の複雑な感情が描かれています。
もともとは自分が「許してほしい」と願う立場だったのに、
ある出来事をきっかけに、今度は自分が「相手を許すかどうか」を問われる立場になる。
そのときの揺れ動く心の描写が、とてもリアルでした。
このドラマを観ながら、私は冒頭の役員の言葉を思い出しました。
なぜなら、そこでも問われていたのは、
相手の立場や背景に目を向けられるかどうかだったからです。
人は自分の立場から見れば
どうしても許せないと思うことがあります。
でも、相手の事情や苦しみ、背景を知ることで、
その見え方が変わることもある。
逆に、自分が「分かってほしい」「許してほしい」と願っていたはずなのに、
いざ自分が相手を受け止める側になると、それができなくなることもある。
そうした人間の弱さや複雑さが、『氷点』には丁寧に描かれていました。
小学生の頃、よく
「相手の立場になって考えましょう」
と言われました。
あの頃はどこかきれいごとのようにも聞こえました。
でも大人になった今思うのは、それはとても難しい一方で、
とても大切なことだということです。
相手の立場になることは簡単ではない。
けれど想像力を働かせて、
できる限り相手の背景や気持ちに近づこうとすることはできる。
その積み重ねがハラスメントを防ぎ、
職場の人間関係を少しずつ良くしていくのだと思います。
『氷点』を観ながら、そんなことをあらためて感じました。
相手の立場に立つこと。
相手の背景に目を向けること。
そして自分の言葉や行動が、その人の人生にどう影響するのかを想像すること。
ハラスメント予防において、
やはりその視点は欠かせないのだと思います。







