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「陸王」を観て思い出した、事務所売却の経験
またまたNetflixの話で恐縮ですが、先日『陸王』を観ました。
池井戸潤さん原作のドラマで、老舗足袋業者「こはぜ屋」が、
会社の存続をかけてランニングシューズ「陸王」の開発に挑む物語です。
主人公は、こはぜ屋の四代目社長・宮沢紘一。
演じているのは役所広司さんです。
資金繰り、技術開発、取引先との関係、社員の想い、ランナーとの信頼関係。
これでもかというくらい困難が続くのですが、
それでもあきらめずに「陸王」を完成させようとする姿に、かなり感動しました。
その中で、たぶん多くの人は別の場面に
感動するのだと思います。
ランナーが走る場面。
社員が一丸となる場面。
銀行とのやり取り。
技術者のプライド。
もちろん、私もそこには感動しました。
ただ、私が個人的にものすごく気になったのは、
終盤に出てくる「会社を売るかどうか」という場面でした。
こはぜ屋は、ある会社から買収の話を持ちかけられます。
その会社の社長を演じていたのが、松岡修造さんです。
松岡修造さんというと、
どうしても熱血で、誠実で、まっすぐなイメージがあります。
ドラマの中でも、単なる悪者という感じではありません。
むしろ、提案自体には魅力もあります。
大きな会社の力を借りることで、
資金面や販売面、開発面で可能性が広がる。
自分たちだけではできないことが、できるようになる。
こはぜ屋にとっても、
簡単には否定できない話だったと思います。
でも最終的に、宮沢社長はこはぜ屋を売却しませんでした。
私はこの決断を見て、正直、すごいなと思いました。
なぜなら、私自身が一度、事務所を売却した経験があるからです。
開業当初から続けていた個人の社労士事務所がありました。
スタッフが1名いて、お客様も30社ほどありました。
その事務所を、私は一度売却しました。
もちろん、その時にはその時なりの理由がありました。
もっとお客様に良いサービスを提供したい。
一人でやるよりも、グループの力を活かしたほうが、
お客様に貢献できるのではないか。
組織としてのメリットを活かせば、
自分だけではできない仕事ができるのではないか。
そう考えていました。
相手の経営者の方も、とても真面目で熱心な方でした。
「ここなら一緒にやっていけるかもしれない」
そう思ったのです。
そして実際に事務所を売却し、
私自身もその組織の役員になりました。
その経験は、私にとって非常に大きな学びになりました。
組織に入ることで、
一人では経験できない仕事もありました。
組織だからこそ見える景色もありました。
自分とは違う考え方や進め方に触れる機会もありました。
一方で、組織には組織の方針があります。
これは当然のことです。
個人事務所のときは、自分で決めて、自分で実行して、
自分で責任を取ることができました。
しかし組織に入ると、
自分の考えだけで物事を進めるわけにはいきません。
会社としての方向性や、組織としての判断の中で、
自分の役割を果たしていく必要があります。
その中で、私はあらためて考えるようになりました。
「自分は、どういう社労士でありたいのか」
「どんなお客様に、どんな関わり方をしたいのか」
「何を大切にして仕事をしていきたいのか」
これは、売却先の会社が
良いとか悪いとかいう話ではありません。
むしろ、その組織に入ったからこそ、
自分自身の軸が見えてきたのだと思います。
自分が大切にしたい社労士としてのスタンス。
自分が力を入れていきたい仕事の方向性。
自分がつくりたい事務所のあり方。
そうしたものが、
時間をかけて少しずつ明確になっていきました。
結果として、私は3年ほどでその組織を離れ、
再び自分で社労士事務所を立ち上げることになりました。
だからこそ、『陸王』で宮沢社長が売却を選ばなかった場面は、
かなり刺さりました。
外から見れば、買収や統合には良い面がたくさんあります。
資金力がある。
人材がいる。
ブランド力がある。
販売網がある。
自分たちだけではできないことができる。
そういう魅力に目が向くのは、とても自然なことです。
実際、私もそうでした。
大きな組織に入れば、もっと良いサービスができるのではないか。
自分一人では届かないところまで、お客様に貢献できるのではないか。
そう思っていました。
だから、こはぜ屋が売却ではなく、
別の形で進む道を選んだことは、本当にすごい決断だと思います。
もちろん、現実の経営は、
ドラマのように単純ではありません。
資金繰りもあります。
社員の生活もあります。
お客様との関係もあります。
将来への不安もあります。
「想い」だけで会社を守れるわけではありません。
それでも、
何を守りたいのか。
何を手放してはいけないのか。
どこまでなら組めるのか。
どこから先は譲れないのか。
そこを見極めることは、
経営者にとって本当に大事なことだと思います。
では、私の選択は失敗だったのか。
そう聞かれると、
私は今では失敗だったとは思っていません。
たしかに、結果として
再独立という道を選ぶことにはなりました。
でも、組織に入ったからこそ分かったことがあります。
自分が大切にしたい仕事のスタンス。
自分が本当に力を入れたい分野。
自分がつくりたい社労士事務所の形。
自分がどんなお客様と、
どんな関係を築きたいのか。
それが、以前よりもはっきりしました。
もしあの経験がなければ、
今のグロースパートナー社労士事務所の形には
なっていなかったと思います。
そう考えると、あの選択も、
結果としては必要な経験だったのだと思います。
『陸王』を観ながら、宮沢社長の決断に感動しつつ、
同時に少しだけ胸がチクッとしました。
「あの時の自分に、同じ決断ができただろうか」
そう考えると、正直、難しかったと思います。
でも、できなかったからこそ分かったこともあります。
一度組織に入ったからこそ、
自分が本当に大切にしたいものが見えた。
一度手放したからこそ、
もう一度自分でやる意味がはっきりした。
そういう意味では、私にとっての売却経験も、
決して無駄ではありませんでした。
『陸王』は、シューズ開発の物語であり、
企業再生の物語です。
でも私には、
経営者が「何を守り、何を選ぶのか」を問われる物語にも見えました。
会社を大きくすること。
組織の力を借りること。
外部と組むこと。
自分たちの看板を守ること。
どれが正解というわけではありません。
ただ、その選択の先に、
自分が納得できる未来があるのか。
そこを考え抜くことが大切なのだと思います。
それにしても、ドラマを観ていて、
まさか自分の事務所売却のことをここまで思い出すとは思いませんでした。
ランニングシューズの話を観ていたはずなのに、
気づいたら自分の社労士人生を振り返っていました。
Netflix、なかなか油断できません(笑)



