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AIは代筆者ではなく、思考を整理する相棒
最近、あらためてAIの活用は大事だなと感じています。
特に私が最近よく使っているのが、ChatGPTへの音声入力です。
以前は、ChatGPTに依頼するときも、基本的には文字を打っていました。
「こういうメールの返信文を作ってください」
「この内容をブログ風に整えてください」
「この相談について、説明文を作ってください」
そんなふうに入力していたのですが、
最近は文字を打つよりも、まず話してしまうことが増えました。
自分が考えていること。
相手に伝えたいこと。
少し迷っていること。
頭の中で整理しきれていないこと。
そういうものを、
とりあえずマイクに向かって話します。
すると、AIがそれを文字起こししてくれます。
さらに、その内容をもとにして、文章として整えてくれます。
これが、想像以上に楽なのです。
もちろん、AIにそのまま丸投げして、
「メールの返信文を作って」と頼むこともできます。
ただ、それだけだと、
どうしても少しAIっぽい文章になることがあります。
きれいに整っている。
失礼もない。
でも、どこか自分の言葉ではない。
そんな感じになることがあります。
一方で、自分の気持ちや考えを、まず自分の言葉で話しておくと、
仕上がりがかなり変わります。
なぜその返信をしたいのか。
相手にどう受け取ってほしいのか。
どこに少し気を遣っているのか。
本当はどんなニュアンスを入れたいのか。
そうしたものが、文章の中に残りやすくなります。
特に、私の場合は社労士という仕事柄、
お客様から込み入った相談をいただくことがあります。
簡単に一言で返せる相談ばかりではありません。
法律の考え方。
判例の傾向。
行政解釈。
会社の実情。
従業員との関係性。
従業員の感情。
今後起こりそうなリスク。
そういったものを、
頭の中で組み合わせながら考えます。
「この事案は、法律上はこう考えるべきだろう」
「ただ、実務上はここに注意が必要だろう」
「この言い方をすると、相手に強く伝わりすぎるかもしれない」
「でも、ここは会社として曖昧にしないほうがいい」
そんなふうに、頭の中で方向性を整えていきます。
そして、それをマイクに向かって話します。
最初からきれいな文章にしようとは思っていません。
まずは、自分の中にある考えを言葉にして出す。
その段階では、
多少言い回しが荒くてもいいと思っています。
話しながら考えることもあります。
同じことを何度も言っていることもあります。
途中で、
「いや、少し違うな」
と思って、言い直すこともあります。
でも、それでいいのだと思います。
大事なのは、
自分の頭の中にある考えや判断の筋道を、一度外に出すことです。
それをAIが文字にしてくれる。
さらに文章として整えてくれる。
これは本当にありがたいです。
もちろん、
それを全部文字で打ち込んでもいいわけです。
でも、正直なところ、
文字で打つのは意外と時間がかかります。
考えながら打っていると、途中で手が止まることもあります。
「あれ、何を書こうとしていたっけ?」
となることもあります。
その点、音声入力だと、
頭に浮かんだことをそのまま話せます。
「自分はこう思っていて」
「この点はこう考えていて」
「ただ、ここは少し迷っていて」
「だから、こういう言い方にしたい」
そんな感じで話していくと、AIがそれを文字にしてくれます。
そして、その文字起こしをもとに、
ある程度読みやすい文章に整えてくれます。
実は、このメルマガもそうです。
最初から全部を文字で打っているわけではありません。
まず、思っていることを音声で話します。
それを文字起こしします。
その内容をAIに整えてもらいます。
そして最後に、自分で読みながら修正します。
「ここはちょっとニュアンスが違うな」
「この表現は自分っぽくないな」
「ここはもう少しやわらかくしたいな」
そんなところを、少しずつ直していきます。
つまり、AIに全部を任せているわけではありません。
考えるのは自分。
判断するのも自分。
理屈を組み立てるのも自分。
その考えを文字にして、
文章の形に整えるところをAIに手伝ってもらっている。
そんな感覚です。
AIは、法律家としての判断を
代わりにしてくれる存在ではありません。
でも、自分の頭の中にある考えを言語化したり、
文章として整理したりする相棒としては、非常に優秀だと感じています。
AIを使うと、文章を書く作業はかなり楽になります。
ただ、使っていて思うのは、楽になる部分と、
逆にごまかせなくなる部分があるということです。
文章を整えることは、AIがかなり助けてくれます。
ただ、何を伝えたいのか。
なぜそう考えるのか。
相手にどう受け取ってほしいのか。
その部分は、やはり自分で考えるしかありません。
つまり、AIは文章を書く作業を助けてくれますが、
自分の考えそのものを代わりに持ってくれるわけではありません。
だからこそ、音声入力であっても、ただ話しているだけではなく、
頭の中で一度考えたことを言葉にしている感覚です。
AIを使えば使うほど、
結局は自分が何を考えているかが問われる。
最近、そんなことを感じています。
これからの時代、AIを使うか使わないかではなく、
どう使うかが大事になっていくのだと思います。
AIに全部任せるのではなく、自分の考えを引き出す道具として使う。
自分の言葉を整える相棒として使う。
そう考えると、AIはかなり心強い存在です。
ただ、このやり方にも一つだけ弱点があります。
それは、パソコンに向かって普通にしゃべることです。
事務所ならいいのですが、
カフェでこれをやるのは、なかなか勇気がいります。
法律相談や込み入った相談の内容について、
マイクに向かって真剣に話しているわけです。
周りから見れば、
パソコン相手に熱心に相談している人に見えるかもしれません。
ちなみに、カフェでパソコンを開いて仕事をする姿には、
おしゃれな感じがして、密かに憧れもあります。
ただ、いつも思うのですが、
カフェでパソコンを使って仕事をしている人たちは、
トイレに行くとき、パソコンをどうしているのでしょうか。
持っていくのか。
置いていくのか。
隣の人に見ていてもらうのか。
個人的には、
パソコンを置いたまま席を外すのは、どうしても怖いです。
パソコンそのものがなくなるのも大変ですが、
それ以上に怖いのは、中に入っている情報です。
個人情報やお客様の情報、
仕事上の資料などが入っていると考えると、
「ちょっとトイレに行くだけだから」
では済まない話になります。
戻ってきたら、コーヒーは残っているのに、
パソコンだけなくなっていた。
そんなことになったら、
音声入力どころの話ではありません。
そのあたりを考え始めると、
ますますカフェで仕事をする自信がなくなってきます。
まあ、今までもしたことはないんですけどね(笑)
「陸王」を観て思い出した、事務所売却の経験
またまたNetflixの話で恐縮ですが、先日『陸王』を観ました。
池井戸潤さん原作のドラマで、老舗足袋業者「こはぜ屋」が、
会社の存続をかけてランニングシューズ「陸王」の開発に挑む物語です。
主人公は、こはぜ屋の四代目社長・宮沢紘一。
演じているのは役所広司さんです。
資金繰り、技術開発、取引先との関係、社員の想い、ランナーとの信頼関係。
これでもかというくらい困難が続くのですが、
それでもあきらめずに「陸王」を完成させようとする姿に、かなり感動しました。
その中で、たぶん多くの人は別の場面に
感動するのだと思います。
ランナーが走る場面。
社員が一丸となる場面。
銀行とのやり取り。
技術者のプライド。
もちろん、私もそこには感動しました。
ただ、私が個人的にものすごく気になったのは、
終盤に出てくる「会社を売るかどうか」という場面でした。
こはぜ屋は、ある会社から買収の話を持ちかけられます。
その会社の社長を演じていたのが、松岡修造さんです。
松岡修造さんというと、
どうしても熱血で、誠実で、まっすぐなイメージがあります。
ドラマの中でも、単なる悪者という感じではありません。
むしろ、提案自体には魅力もあります。
大きな会社の力を借りることで、
資金面や販売面、開発面で可能性が広がる。
自分たちだけではできないことが、できるようになる。
こはぜ屋にとっても、
簡単には否定できない話だったと思います。
でも最終的に、宮沢社長はこはぜ屋を売却しませんでした。
私はこの決断を見て、正直、すごいなと思いました。
なぜなら、私自身が一度、事務所を売却した経験があるからです。
開業当初から続けていた個人の社労士事務所がありました。
スタッフが1名いて、お客様も30社ほどありました。
その事務所を、私は一度売却しました。
もちろん、その時にはその時なりの理由がありました。
もっとお客様に良いサービスを提供したい。
一人でやるよりも、グループの力を活かしたほうが、
お客様に貢献できるのではないか。
組織としてのメリットを活かせば、
自分だけではできない仕事ができるのではないか。
そう考えていました。
相手の経営者の方も、とても真面目で熱心な方でした。
「ここなら一緒にやっていけるかもしれない」
そう思ったのです。
そして実際に事務所を売却し、
私自身もその組織の役員になりました。
その経験は、私にとって非常に大きな学びになりました。
組織に入ることで、
一人では経験できない仕事もありました。
組織だからこそ見える景色もありました。
自分とは違う考え方や進め方に触れる機会もありました。
一方で、組織には組織の方針があります。
これは当然のことです。
個人事務所のときは、自分で決めて、自分で実行して、
自分で責任を取ることができました。
しかし組織に入ると、
自分の考えだけで物事を進めるわけにはいきません。
会社としての方向性や、組織としての判断の中で、
自分の役割を果たしていく必要があります。
その中で、私はあらためて考えるようになりました。
「自分は、どういう社労士でありたいのか」
「どんなお客様に、どんな関わり方をしたいのか」
「何を大切にして仕事をしていきたいのか」
これは、売却先の会社が
良いとか悪いとかいう話ではありません。
むしろ、その組織に入ったからこそ、
自分自身の軸が見えてきたのだと思います。
自分が大切にしたい社労士としてのスタンス。
自分が力を入れていきたい仕事の方向性。
自分がつくりたい事務所のあり方。
そうしたものが、
時間をかけて少しずつ明確になっていきました。
結果として、私は3年ほどでその組織を離れ、
再び自分で社労士事務所を立ち上げることになりました。
だからこそ、『陸王』で宮沢社長が売却を選ばなかった場面は、
かなり刺さりました。
外から見れば、買収や統合には良い面がたくさんあります。
資金力がある。
人材がいる。
ブランド力がある。
販売網がある。
自分たちだけではできないことができる。
そういう魅力に目が向くのは、とても自然なことです。
実際、私もそうでした。
大きな組織に入れば、もっと良いサービスができるのではないか。
自分一人では届かないところまで、お客様に貢献できるのではないか。
そう思っていました。
だから、こはぜ屋が売却ではなく、
別の形で進む道を選んだことは、本当にすごい決断だと思います。
もちろん、現実の経営は、
ドラマのように単純ではありません。
資金繰りもあります。
社員の生活もあります。
お客様との関係もあります。
将来への不安もあります。
「想い」だけで会社を守れるわけではありません。
それでも、
何を守りたいのか。
何を手放してはいけないのか。
どこまでなら組めるのか。
どこから先は譲れないのか。
そこを見極めることは、
経営者にとって本当に大事なことだと思います。
では、私の選択は失敗だったのか。
そう聞かれると、
私は今では失敗だったとは思っていません。
たしかに、結果として
再独立という道を選ぶことにはなりました。
でも、組織に入ったからこそ分かったことがあります。
自分が大切にしたい仕事のスタンス。
自分が本当に力を入れたい分野。
自分がつくりたい社労士事務所の形。
自分がどんなお客様と、
どんな関係を築きたいのか。
それが、以前よりもはっきりしました。
もしあの経験がなければ、
今のグロースパートナー社労士事務所の形には
なっていなかったと思います。
そう考えると、あの選択も、
結果としては必要な経験だったのだと思います。
『陸王』を観ながら、宮沢社長の決断に感動しつつ、
同時に少しだけ胸がチクッとしました。
「あの時の自分に、同じ決断ができただろうか」
そう考えると、正直、難しかったと思います。
でも、できなかったからこそ分かったこともあります。
一度組織に入ったからこそ、
自分が本当に大切にしたいものが見えた。
一度手放したからこそ、
もう一度自分でやる意味がはっきりした。
そういう意味では、私にとっての売却経験も、
決して無駄ではありませんでした。
『陸王』は、シューズ開発の物語であり、
企業再生の物語です。
でも私には、
経営者が「何を守り、何を選ぶのか」を問われる物語にも見えました。
会社を大きくすること。
組織の力を借りること。
外部と組むこと。
自分たちの看板を守ること。
どれが正解というわけではありません。
ただ、その選択の先に、
自分が納得できる未来があるのか。
そこを考え抜くことが大切なのだと思います。
それにしても、ドラマを観ていて、
まさか自分の事務所売却のことをここまで思い出すとは思いませんでした。
ランニングシューズの話を観ていたはずなのに、
気づいたら自分の社労士人生を振り返っていました。
Netflix、なかなか油断できません(笑)
同じ研修を2回やって気づいた「研修はライブだ」ということ
先日、有田の窯業関係のお客様で、
ハラスメント予防研修を実施してきました。
全員が一度に受講することは難しいため、
午前と午後に分けて、同じ内容の研修を2回実施しました。
時間はそれぞれ約1時間半です。
そこであらためて感じたことがあります。
それは、同じ研修でも、
1回目と2回目では自分の感覚がかなり違うということです。
もちろん、事前にしっかり準備もします。
練習もします。
タイムスケジュール表も作って、時間のマネジメントもしています。
研修講師としての経験も、それなりに積んできました。
それでも1回目というのは、やはり少しドキドキするものです。
「時間どおりに終われるだろうか」
「受講者の皆さんの反応はどうだろうか」
「きちんと理解してもらえているだろうか」
そんなことを考えながら進めるので、やはり緊張感があります。
そして午前の研修が無事に終わり、
午後から同じ内容で2回目の研修を行いました。
すると、途中でふと気づいたのです。
「あれ、午前中ほどドキドキしていないな」
午前中に一度通しているので、全体の流れが見えています。
どのあたりで時間がかかるのか。
どの話に反応があるのか。
どの部分で少し説明を補ったほうがよいのか。
そうしたことが、ある程度見えているわけです。
もちろん、手を抜いているわけではありません。
ただ、1回目のような緊張感とは少し違って、
2回目には心の余裕が生まれていました。
そしてその余裕があるからこそ、できることもあります。
午前中には話さなかった事例を加えてみる。
レジュメには載せていない補足説明を入れてみる。
受講者の反応を見ながら、少し違う角度から解説してみる。
そうすることで、より伝わりやすくなったり、
理解が深まったりすることがあります。
つまり、同じ内容の研修をしていても、
1回目は「予定どおりに届けること」に意識が向きやすく、
2回目は「より伝わるように届けること」に意識を向けやすくなる。
そんな違いがあるのだと思います。
ここで思い出したのが、
ライブやコンサートを何度も観に行く人がよく言う話です。
「同じ曲をやっているのに、前回と全然違った」
曲順は同じでも、
アーティストの表情や声の調子、曲の合間に話す内容、
その日の会場の空気で、受け取る印象が変わるのだと思います。
最初は、
「同じ曲なら同じじゃないの?」
と思っていましたが、
今回の研修を通じて、その感覚が少し分かった気がしました。
研修も、同じレジュメで、同じ流れで話していても、
受講者の反応や自分の心の余裕によって、
出てくる言葉や伝わり方が少しずつ変わります。
そう考えると、
研修もある意味ではライブなのだと思います。
慣れというのは、油断につながることもあります。
しかし良い意味での慣れは、
仕事の質を高める余裕にもつながるのだと思います。
ちなみに、ハラスメント予防研修の中で、
毎回かなり反応がある話があります。
それは、セクハラの判断に関する話です。
よく、
「相手がセクハラだと感じたらセクハラになる」
と言われることがあります。
たしかに、被害者側がどう受け止めたかは非常に重要です。
ただし、相手が不快に感じたら、どんな場合でも必ずセクハラになる、
というわけではありません。
その言動の内容。
その場の状況。
合理性や妥当性はあるか。
そうした事情も含めて、総合的に判断する必要があります。
この説明をするときに、私はよくこんな例を出します。
「部長って、生きているだけでセクハラよね」
ここでだいたい笑いが起こります(笑)
もちろん、これはあまりにも理不尽な話です。
部長が何か具体的な言動をしたわけでもないのに、
存在そのものをセクハラ扱いするのは、さすがに無理があります。
むしろ、そのような発言のほうが、
相手を傷つける問題発言になりかねません。
この例を通じてお伝えしたいのは、
「不快に感じたかどうか」だけでなく、具体的な言動や状況を丁寧に見て
判断する必要があるということです。
ハラスメントの判断はとても繊細です。
被害者の受け止め方を軽視してはいけない。
一方で、何でもかんでもハラスメントと
決めつけることも避けなければならない。
だからこそ会社の人事担当者や管理職は、
感情だけで判断するのではなく、事実関係を確認し、
合理性や妥当性を踏まえて考える必要があります。
こうした少し難しい話も、
具体例を交えると伝わりやすくなります。
少し笑いが起こることで、場の空気もやわらぎます。
そして、そのあとに大切なポイントを
しっかり伝えることができます。
ハラスメント研修は、
どうしても重たいテーマになりがちです。
もちろん、軽く扱ってよいテーマではありません。
ただ、重たいテーマだからこそ、
受講者が構えすぎずに考えられるよう、
事例やたとえ話を使いながら伝えることも大切だと思っています。
今回、午前と午後で同じ研修を2回実施してみて、
あらためて感じました。
同じ内容でも、まったく同じ研修にはならない。
受講者の反応も違う。
自分の心の余裕も違う。
その場で出てくる言葉も違う。
だからこそ、研修は面白いのだと思います。
……とはいえ、ハラスメント予防研修で
「部長って、生きているだけでセクハラよね」
のくだりだけが一番記憶に残っていたとしたら、それはそれで少し複雑です(笑)
できれば笑ったあとに、
その奥にある大事な考え方まで持ち帰っていただけると嬉しいですね(^^)
高校の三者面談でAIボイスレコーダーを使ってみた話
先日、次女の三者面談がありました。
次女は現在高校3年生。
この時期の三者面談となると、
進路に関わるかなり大事な話になります。
そこで今回、ふと思いついて活用したのが、
AIボイスレコーダー「Notta」です。
このAIボイスレコーダーは、もともと仕事で活用していました。
私は企業訪問によるコンサルティングの際に、
お客様と話した内容を録音し、
あとで議事録として整理してお渡しすることがあります。
そうすると、お客様にとっても、
「その日にどんな話をしたのか」
「どんな課題が見えてきたのか」
「今後どんな方向性で進めていくのか」
「何が決まったのか」
が見える形で残ります。
また、次回お会いしたときにも、
こちらから
「前回こういう話をしましたが、その後どうでしたか?」
と確認しやすくなります。
つまり、単なる記録ではなく、
次の行動や進捗確認につながる資料になるわけです。
今回、娘の三者面談を前にして、ふと思いました。
「あれ、これって三者面談でも使えるのでは?」
進路の話はその場では分かったつもりでも、あとから振り返ると、
「あれ、先生は何と言っていたっけ?」
「この大学を受けるには、何を優先すべきだったっけ?」
「今後の模試や勉強方針はどう整理したんだっけ?」
となることがあります。
しかも、親も子どもも、
その場では先生の話を聞くことで精一杯です。
そこで面談の冒頭で先生にお願いしました。
「大事な話になると思うので、今後の方向性をきちんと確認できるように、AIボイスレコーダーで録音してもよろしいでしょうか?」
正直、少し断られるかなとも思っていました。
先生にとっても、
三者面談でAIボイスレコーダーを使いたいと言われることは、あまりないと思います。
また、録音となると、
「言った」「言わない」の問題を気にされる可能性もあるかなと思いました。
ところが、意外にもすんなりOKをいただきました。
ありがたいことです。
そして実際に録音してみたところ、これがかなり良かったのです。
面談後、録音内容をもとにAIが議事録を作ってくれました。
さらにそれをパワーポイント形式に整理すると、
非常に見やすい資料になりました。
もちろん、完璧ではありません。
実際ある大学の入試情報について、AIがうまく整理できておらず、
誤った内容になっていた部分がありました。
そこは人間の目で確認して修正しました。
やはりAIが作ったものをそのまま信じ切るのではなく、
最後は確認が必要です。
ただそれを差し引いても、とても便利でした。
特に良かったのは、
面談で話された内容だけでなく、
先生の言葉の温度感や、そこで確認された方向性が、
かなり整理された形で残ったことです。
娘にその資料を渡すと、
「自分が何をしなければならないのか」
がかなり明確になったように感じました。
親である私自身も、
「娘は今後こういうことを意識しないといけないんだな」
「この大学を目指すには、ここを確認しておく必要があるんだな」
と整理することができました。
三者面談というのは、ただ先生の話を聞くだけの場ではありません。
今の状況を確認し、今後の方針を考え、
本人が何をすべきかを明確にする場です。
そう考えると、記録を残す意味はかなり大きいと思います。
そして何より良かったのは、
面談中にメモを取ることに追われず、
先生の話や娘の反応に集中できたことです。
もちろん、大事なポイントをその場で少しメモすることは必要です。
ただ、すべてを必死に書き留めようとすると、どうしても会話への集中力が落ちます。
その点、録音している安心感があると、
「今ここで何を確認すべきか」
「娘はどう受け止めているか」
「先生の話の中で、何が大事なポイントなのか」
に意識を向けることができます。
これは、仕事のコンサルティングでもまったく同じです。
記録に追われるのではなく、対話に集中する。
相手の表情や言葉の奥にあるものを見る。
そのうえで、あとから内容を整理し、次の行動につなげる。
AIボイスレコーダーは、そのためのかなり心強い道具だと感じました。
本当に便利な世の中になったものです。
もし、こういうものが私の高校時代にあったらどうだったでしょうか。
三者面談の内容をあとから見返し、
自分が何をすべきかをきちんと整理できていたら、
もしかすると、もう少し違う大学に行っていたかもしれません(笑)
……いや、さすがにそれはAIボイスレコーダーのせいではなく、
当時の私の勉強量の問題ですね(笑)
ただ少なくとも、今の高校生には便利な道具があります。
あとは、それをどう活かすか。
娘には、AIがまとめてくれた資料を眺めるだけで終わらず、
ぜひ行動につなげてもらいたいと思います。
そして私も、父親として
「Nottaで議事録を作ったから、あとは頑張ってね」
で終わらせず、
そっと見守りながら応援していきたいと思います。
……とはいえ、
もし次女が迷走しだしたら
「この前の議事録の内容覚えてんの!?」
と言ってしまいそうで、そこだけは気をつけたいところです(笑)
ジャズライブを聴いて思った、初めてのこととの向き合い方
先日、長崎の高校時代の同級生が佐賀にジャズライブを聴きに来るということで、
私と佐賀の友人を含めた3人で一緒に行ってきました。
きっかけは、その長崎の友人の音楽の師匠が、
今回のジャズメンバーの中にいるということでした。
おそらく私にとってジャズの生演奏を
ちゃんと聴くのは初めてです。
今回のライブは、サックスがいわば歌謡曲でいう
ボーカルのような立ち位置。
それを支えるように、ピアノ、エレキギター、
ドラム、コントラバスが加わる編成でした。
いやあ、素敵でしたね♪
私は最近アコースティックギターの練習をしていることもあって、
楽器を奏でる難しさを少しだけ知るようになりました。
だからこそ一見すると自然に聴こえる演奏の奥に、
どれだけの努力や経験が積み重なっているのかをずっしりと感じました。
ただ、最初はかなり戸惑いもありました。
今回はサックスが、いわば“歌う役”を担っているわけです。
でも当然ながらサックスは言葉を発しません。
言語も単語もない。
オーケストラならそれぞれの楽器が細かな役割を担い、
全体として受け止めることができます。
でも今回は明らかに歌手的な役割を担っている存在がいるのに、
ずっと“ハミングだけで表現している”ような感覚だったんです。
「うーん、これはどう受け止めればいいんだろう…」
そんなふうに心がざわめいて戸惑っていました。
けれど、聴いているうちに少しずつ、
「サックスはムードや情景を演出しているんだな」
「風とか光とか、においとかざわめきとか、気持ちの浮き沈みみたいなものを表現しているんだな」
と受け止められるようになってきて、
ようやく落ち着いて聴けるようになりました♪
ライブ後は、友人だけでなく、
サックス奏者と友人の師匠であるエレキギター奏者の方とも一緒に飲みに行くことができ、
いろいろ教えてもらったり意見交換をしたりと、とても楽しい時間を過ごしました。
…そこであらためて思ったのです。
【人は、初めてのことに出会うと面食らう】
でも、だからこそそのあとどう向き合うかで見える世界が変わってくるのだな、と。
今の世の中は変化のスピードが本当に速いです。
新しいことに戸惑うのは自然なことですが、
それでも少しずつ受け入れていかないと、置いていかれてしまうのかもしれません。
そこで今回は私自身の社会人経験の中で、
最初は戸惑いながらも取り入れたり、チャレンジしたりしてきたことを整理してみたいと思います。
①ブラインドタッチ
いわゆる、パソコンのキーボードを見ずにローマ字入力する技です。
銀行員時代は、私を含めて男性の多くが両手の人差し指でローマ字打ちするという、
ある意味器用で野蛮な入力スタイルでした(笑)
しかも当時はブラインドタッチができる男性に対して、
「ちょっとカッコつけている」
「男は黙って人差し指」
みたいな、よく分からない価値観すらあったような気がします。
これは銀行を辞めたあとに身につけたのですが、最初は
「こんなことできるわけがない!」
と、かなり諦めモードでした。
それでもコツコツ練習を重ねた結果、スピードはそこまで速くないものの、
今ではブラインドタッチができるようになりました。
②社労士試験
私は元銀行員ですので、社労士とはまったく関係のない仕事をしていました。
ですので、なぜチャレンジしたのかという経緯は今回は割愛しますが、
とにかく最初は分からないことだらけでした。
今では比較的簡単に説明できる「労働保険料」という概念も、
当時は本当に意味が分からず、理解するのにかなり苦労しました。
労務に関わったことがなかったため、そもそも感覚がない。
だから、ある部分は気合で暗記したりもしました。
けれど、人生で初めて本気で勉強した経験だったのは間違いありません。
ちなみに、年金については今でも
「うーん、ややこしいなあ」
と思うことが結構あります(笑)
③事業用の借金
銀行員時代は、事業資金を貸す側でした。
ところが、社労士として開業し、いざ自分が借りる側に回ると、
「借りたら返さないといけないけど、本当に返していけるんやろか……」
と、急に不安になるわけです。
そのとき初めて、銀行員時代に
「事業計画をしっかり立ててください」
などと経営者に言っていた自分が、ちょっと恥ずかしくなりました。
経営者がリスクを背負って借金をしていたことの重みを、
銀行を辞めたあとになって理解できるようになるという…
ただ一つ、借りる立場になってよく分かったことがあります。
それは、
「手元資金に余裕があると、事業のスピードが上がる」
ということです。
思い切った決断もしやすくなるし、
「お金が貯まってから始めよう」
と思っていると、何年もスタートできないことがあります。
そう考えると、借金はある意味、
「時間を買うこと」
なのだと改めて感じました。
④研修講師
実は、人前で話すのはもともと苦手でした。
大学時代は合唱団に所属し、指揮者も経験していたので
60人くらいを相手に2時間の練習を取り仕切るようなことはしていました。
ただ、社会人になってからビジネスとして研修講師をするのは全く別物です。
最初に研修講師の依頼を受けたときは、
「緊張せずにちゃんと話せるかな」
「頭が真っ白になったらどうしよう」
「相手にちゃんと伝わるかな」
「その場に自分より詳しい人がいたら嫌だな」
そんな不安だらけでした。
だからこそ練習を重ね、
実際の自分がした研修をビデオ撮影して見返し、何度も振り返りました。
「やれるだけのことはやった」
「あとはどうにでもなれ」
そこまで自分を追い込んで、本番に臨んでいた時期もありました。
ただ、今は少しスタンスが変わってきています。
今は、
「自分の社労士としてのミッションを実現に近づける最短ルートは研修講師だ」
「自分の伝えたいことを、どうやって伝えようか」
という、どちらかというと攻めの姿勢に変わってきました。
その結果、緊張することはほとんどなくなりました。
そして、このスタンスに変わったことで、
以前はどこか“借り物の言葉”だったものが、
今は自分が本当に大事だと思えること、心から良いと信じていることを
伝える形に変わってきたように思います。
だからこそ、言葉に熱量や気持ちを込められるようになってきたのかもしれません。
ということで、人は初めてのことに出会うと、どうしても戸惑うものです。
けれど、そのあとどう向き合うかで、少しずつ変わっていけるのだと思います。
最初は違和感があっても、
「これは何だろう」
「どう受け止めればいいんだろう」
と考え続けることで、自分の中に新しい世界が開けてくることもある。
今回のジャズライブを通して、そんなことをあらためて感じました。
……とはいえ、もし今
「次はプログラミングに挑戦してみましょう!」
と言われたら、これは絶対に無理だという自信があります(笑)














