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自分のメンタルブロックを周りに話すことで、相互支援が生まれる
先日、ある企業でリーダー育成研修を行ってきました。
全6回シリーズの最終回です。
今回のテーマは、
「自分にはどんなメンタルブロックがあるか。 それをどう乗り越えるか」
というものでした。
メンタルブロックとは、
自分で自分の可能性や行動を制限してしまうことです。
否定的な思い込みや、
心のブレーキと言ってもいいかもしれません。
もちろん、これは私にもあります。
私は再独立して、 今で3年半ほどになります。
開業した当初は、
「どんなことでもやるぞ」
という気持ちでした。
自分にブレーキをかける余裕もないくらい、
とにかく目の前のことに取り組んでいたように思います。
ただ、3年ほど経つと、
少しずつ売上も安定してきます。
自分の仕事のパターンもできてきます。
すると今度は、
「ここからさらに何ができるだろうか」
と思う一方で、
「もうこれ以上は難しいんじゃないか」
と思ってしまうこともあります。
たぶん、こういう心のブレーキは、
誰にでもあるのだと思います。
今回の研修では、
まず自分にはどんなメンタルブロックがあるのかを 考えてもらいました。
そして、
同じような悩みを持っている人に対して、
自分ならどんなアドバイスができるか。
逆に、 自分はどんなアドバイスを聞いてみたいか。
そういったことを、 ワークを通じて考えてもらいました。
このワークをしていて感じたのは、
人は、自分が言葉にしたことには
アンテナが立ちやすくなるということです。
自分がアドバイスをする立場になると、
相手の話をよく聞こうとします。
相手が何に悩んでいるのか。
何を大事にしているのか。
どこで立ち止まっているのか。
そういうことに、 自然と耳を傾けるようになります。
また、相手の話を聞くことで、
その人が普段どんなことを意識しているのかも見えてきます。
これは、とても大事なことだと思います。
今回のワークでは、
自分の悩みを話す場面がありました。
なかなか行動できていないこと。
なぜ行動できないのか。
その奥にどんな思い込みがあるのか。
そういったことを言葉にしてもらいます。
これは、ある意味、
自分の弱みを見せることでもあります。
普段の仕事の中で、
自分の弱みや不安を話す機会は あまり多くありません。
むしろ、弱みを見せると、 評価が下がるのではないか。
信頼されなくなるのではないか。
そう感じてしまう人もいると思います。
私が以前いた銀行も、
そういう弱みはなかなか見せにくい雰囲気がありました。
成績を上げる。
周りに負けない。
他の人よりも成果を出す。
そういう空気の中では、
自分の不安や悩みを出すのは難しいものです。
本当に仲のいい先輩に、
愚痴をこぼすくらいだったかもしれません。
ただ、中小企業の場合は、 少し違う面があると思います。
年齢も違う。
経験も違う。
これまでの背景も違う。
いろいろな人が集まって、
社長を中心に一つの会社をつくっています。
そういう職場では、
お互いの悩みや弱みを知ることが、
相互支援につながることがあります。
「あの人も、そんなことで悩んでいたんだ」
「それなら、自分が少し手伝えるかもしれない」
「自分だけが悩んでいるわけではなかったんだ」
そういう気づきが生まれます。
実際、研修後のアンケートでも、
「みんないろいろな思いがあるんだと思った」
「どうやって乗り越えてきたのかを聞けて参考になった」
「本音を話すことは、怖いことではないのかもしれない」
という声がありました。
これは、研修をしていて とても嬉しい感想でした。
また、今回の研修では、
もう一つ大事なワークを行いました。
それは、
「昔はできなかったけれど、今はできるようになったこと」
を思い出してもらうワークです。
これは、大きなことでなくても構いません。
完璧にできるようになったことでなくてもいい。
昔より少しできるようになったこと。
前より抵抗がなくなったこと。
少しだけ前に進めたこと。
そういうものを思い出してもらいました。
そして、
なぜそれができるようになったのかも考えてもらいました。
注目する点を変えたのかもしれません。
考え方を変えたのかもしれません。
行動を少し変えたのかもしれません。
周りの人に助けてもらったのかもしれません。
いずれにしても、 皆さんそれぞれ、
何かしらの壁を乗り越えてきています。
ここで私が伝えたかったのは、
自分を変える力は、 すでに自分の中にあるということです。
人は、自分の力を過小評価してしまうことがあります。
過去に乗り越えてきたことを、
忘れてしまうこともあります。
でも、よく思い出してみると、
誰でも何かを乗り越えてきています。
昔はできなかったことが、
今は少しできるようになっている。
昔は苦手だったことが、
今は前ほど苦手ではなくなっている。
それは、ちゃんと変わってきたということです。
だから、
比べる相手は、
他人ではなく過去の自分でいいのだと思います。
あの人よりできているか。
あの人より優れているか。
そう考えると、
どうしても苦しくなります。
でも、過去の自分と比べれば、
ちゃんと変わってきたことが見えてきます。
今回のアンケートでも、
「過去にできるようになったことを振り返って、
自分にも成長する力があると感じた」
「みんな似たようなところで悩んでいるんだと思った」
「否定的になったときは、
過去に頑張ってきた自分を思い出したい」
という声がありました。
こういう感想を見ると、
研修でお伝えしたかったことが
少し届いたのかなと思います。
そして、今回もう一つ感じたことがあります。
それは、 講師である私自身も、
受講者の皆さんから勇気をもらっているということです。
冒頭でも書いたように、
私自身にもメンタルブロックはあります。
「もっとできることがあるのではないか」
と思いながらも、
「いや、もうこれ以上は難しいのではないか」
と思うこともあります。
でも、受講者の皆さんが、 自分の悩みを言葉にし、
それでも前に進もうとしている姿を見ると、 私自身も励まされます。
皆さんも頑張っている。
それなら、自分ももう少し頑張らないといけない。
そんな気持ちになります。
研修というと、
講師が受講者に何かを伝える場だと思われがちです。
もちろん、それは間違いありません。
ただ、実際には、 講師も受講者の皆さんから
たくさんの気づきをもらっています。
自分の弱みを言葉にすること。
相手の悩みに耳を傾けること。
過去の自分の成長を思い出すこと。
それが、
自分を少し前に進めるきっかけになる。
今回の研修を通じて、 改めてそう感じました。
リーダーに必要なのは、
いつも強く見せることだけではないと思います。
自分にも不安がある。
迷いがある。
それでも、 自分を少しずつ変えていこうとする。
そして、周りの人の悩みにも耳を傾ける。
そういう姿勢が、
職場の中で相互支援の関係をつくっていくのだと思います。
今回の研修は、
全6回シリーズの最終回でした。
最後に、 皆さんが自分の言葉で悩みを話し、
お互いにアドバイスをし合い、
過去の自分の成長を思い出している姿を見ることができました。
研修講師として、 とてもありがたい時間でした。
そして、私自身もまた、
少し自分のメンタルブロックと向き合ってみようと思いました。
講師なのに、 最後は私が勇気をもらっている。
これもまた、
研修という仕事の面白さなのだと思います(^.^)
定年後再雇用者のモチベーションをどう考えるか?
先日、ある会社から相談を受けました。
その会社では、60歳で定年を迎え、
その後は再雇用という形になります。
再雇用後は、給与も下がります。
しかも、下がる幅はそれなりに大きい。
そこで相談を受けたのが、
再雇用された社員さんのモチベーションについてでした。
再雇用後、
明らかに仕事への意欲が下がっているように見える。
これまで自分が担当していた仕事を、
やたらと後輩に振ろうとする。
何となく、楽をしようとしているようにも見える。
「こういう場合、どう考えたらいいのでしょうか」
という相談でした。
定年後再雇用で給与が下がること自体は、
直ちに違法になるわけではありません。
ただし、定年前と仕事内容や責任がほとんど変わらないのに、
給与だけ大きく下がる場合は、
同一労働同一賃金の観点から問題になる可能性があります。
とはいえ、この話を法律論だけで説明すると、
どうしても正論っぽくなります。
「仕事内容が同じなら、賃金差の説明が必要です」
「役割や責任の違いを整理しましょう」
もちろん大事です。
ただ、それだけでは、
相談された方のモヤモヤはすっきりしないかもしれません。
そこで私は、
ハーズバーグの二要因理論を使って整理してみました。
ハーズバーグの二要因理論では、
仕事に関する要因を大きく2つに分けて考えます。
一つは、衛生要因。
もう一つは、動機付け要因です。
衛生要因とは、不満に関係する要因です。
たとえば、
給与、労働条件、職場環境、人間関係などです。
これらが悪いと、人は不満を感じます。
場合によっては、会社を辞める理由にもなります。
一方で、衛生要因を整えたからといって、
それだけで人が前向きに働くとは限りません。
不満は減る。
でも、やる気が大きく上がるとは限らない。
ここがポイントです。
定年後再雇用の給与低下は、
まさにこの衛生要因に関わる話です。
給与が大きく下がる。
でも、仕事の内容はあまり変わらない。
そうなると、本人としては、
「この給与で、今までと同じ仕事をするのか」
「ここまで責任を持つ必要があるのか」
「このくらいの給与なら、このくらいの仕事でいいのではないか」
という気持ちになりやすいと思います。
本来、給与への不満が大きければ、
退職につながることもあります。
ただ、定年後再雇用の場合、
実際にはすぐに辞めるとは限りません。
60歳を過ぎてから、
新しい会社に移るのは簡単ではありません。
本人としても、今さら転職までは考えにくい、
という気持ちもあると思います。
つまり、給与に不満はある。
でも、辞めるわけではない。
その結果、職場には残るけれど、
モチベーションだけが下がっていく。
そういう状態になりやすいのです。
だからこそ、
会社がその人を戦力として考えているのであれば、
賃金の水準については、一度考える必要があります。
もちろん、
定年前とまったく同じ給与にするのは
難しい場合もあるでしょう。
ただ、
「戦力として期待している」
と言いながら、賃金だけは大きく下げる。
これでは、本人の気持ちがついてこないのも
無理はありません。
一方で、二要因理論には、
動機付け要因という考え方があります。
これは、仕事へのやりがいや、
前向きな意欲に関わるものです。
たとえば、達成感、承認、責任、成長、
仕事そのものの面白さ。
こういったものです。
再雇用者の場合、
ここもとても大事になります。
再雇用者には、
これまで培ってきた経験や知識があります。
仕事の勘どころもあります。
若い社員がつまずきやすいところも、
よく分かっています。
それなら、その経験を活かして、
後輩を育てる役割を明確にしてもよいと思います。
単に、
「今までの仕事をそのまま続けてください」
ではなく、
「あなたには、後輩を育てる役割を期待しています」
「これまでの経験を、次の世代に伝えてほしい」
「現場が安定しているのは、あなたがいてくれるからです」
そういう役割づけが必要です。
さらに、その役割に対して、
何らかの手当をつけることも考えられます。
たとえば、
「後輩育成手当」でも、
「技能継承手当」でも、
名前は会社に合う形でよいと思います。
手当をつけることは、
給与が下がったことへの
多少の衛生要因の改善にもなります。
同時に、
「会社はあなたにこの役割を期待しています」
というメッセージにもなります。
つまり、単なる金額の上乗せではなく、
期待している役割を伝える手段にもなるわけです。
大事なのは、
本人がその手当の意味を理解していることです。
何のためにもらっているのか。
会社は自分に何を期待しているのか。
そこが伝わって初めて、
手当は動機付けにもつながります。
もう一つ大事なのが、承認です。
若い社員や新人には、
比較的こまめに声をかけると思います。
うまくできたか。
どこができていなかったか。
次はどうしたらよいか。
そうやってフィードバックをします。
できたことがあれば、
「できたね」
と伝えます。
でも、60歳以降のベテラン社員になると、
このフィードバックが急に減ることがあります。
「あの人は大丈夫」
「もうベテランだから」
「今さら細かく言わなくても分かっている」
そう思って、
声をかける機会が少なくなるのです。
もちろん、
信頼しているからこそ放っておける、
という面もあります。
ただ、本人からすると、
寂しさを感じることもあります。
給与は下がった。
でも、仕事では貢献している。
それなのに、
感謝されている感じがしない。
必要とされている感じもしない。
そうなると、
「だったら、この給与に見合った仕事だけすればいいか」
という気持ちになっても不思議ではありません。
だからこそ、再雇用者に対しても、
承認やフィードバックは必要です。
「いつも助かっています」
「あなたがいてくれるから、現場が安定しています」
「若い社員への声かけがありがたいです」
「この部分は、ぜひ後輩に伝えてほしいです」
こうした言葉は、
思っているだけでは伝わりません。
きちんと言葉にする必要があります。
もちろん、
給与をまったく見直さずに、
声かけだけで何とかしようとしても、
限界があります。
「ありがとう」
と言われるのは嬉しい。
でも、給与は大きく下がったまま。
それでは、どこかに不満は残ります。
だからこそ、
賃金だけでも足りない。
承認だけでも足りない。
役割だけでも足りない。
大事なのは、
役割、承認、そしてそれに見合った賃金を
セットで考えることです。
今回、相談を受けたときに、
私はこの話を一つ一つ正論として説明するのではなく、
まずハーズバーグの二要因理論に当てはめて整理しました。
給与は衛生要因。
下がりすぎると不満になる。
ただし、それだけを整えても、
やる気が上がるとは限らない。
一方で、
やりがい、承認、役割は動機付け要因。
そこをどう設計するかで、
再雇用者の関わり方は変わってくる。
このように整理してお伝えしたところ、
相談された方から、
「すごくすっきりしました」
と言っていただきました。
漠然と、
「再雇用者のやる気が下がっている」
と考えると、
どうしても感情的になりやすいものです。
「楽をしようとしている」
「仕事を後輩に押しつけている」
「以前より責任感がなくなった」
そう見えてしまうこともあります。
でも、理論に当てはめて考えると、
少し違った見方ができます。
給与が下がったことで、
不満が生まれているのかもしれない。
役割があいまいだから、
どこまでやればよいのか迷っているのかもしれない。
承認が少なくなって、
必要とされている実感が薄れているのかもしれない。
そう考えると、
会社として考えるべきことも見えてきます。
理論というと、
「机上の空論」
と思われることがあります。
たしかに、現場は理論どおりには動きません。
人の気持ちも、
そんなに単純ではありません。
ただ、理論に当てはめることで、
少し整理できることがあります。
感情だけで見ていたものを、
少し落ち着いて考えることができる。
原因を、賃金の問題、役割の問題、承認の問題に
分けて考えることができる。
それだけでも、
次に何をすればよいのかが見えやすくなります。
定年後再雇用者のモチベーションは、
単に本人のやる気の問題ではありません。
給与、役割、承認、期待。
そして、会社としてどう向き合うか。
それらが重なって生まれるものだと思います。
再雇用者を本当に戦力として考えるのであれば、
「給与は下がるけど、これまで通り頑張ってください」
だけでは足りませんし、虫が良すぎます。
何を期待しているのか。
どんな役割を担ってほしいのか。
その役割に対して、
会社はどう評価し、どう報いるのか。
そこまで考える必要があります。
今回の相談を通じて、改めて感じました。
理論は、答えそのものではありません。
でも、現場で起きていることを整理するには、
意外と役に立ちます。
ただ、理論だけでは人は動きません。
最後はやっぱり、
会社がその人に何を期待しているのか。
そして、それをちゃんと言葉と処遇で伝えているのか。
そこなんだろうと思います。
社員研修は社長の勇気にもなる
先日、ある会社で、リーダー育成研修を行ってきました。
全6回シリーズのうち、今回は3回目。
2ヶ月に1回のペースで実施しているので、
全体では約1年かけて進めていく研修です。
今回、最初に行ったのは、
前回から今回までの2ヶ月間の振り返りでした。
第2回の研修が終わってから、
この2ヶ月間で何を意識したのか。
実際に仕事の中で、
どんなことを考えたのか。
うまくいったことは何か。
逆に難しかったことは何か。
そういったことを、
一人ずつ言葉にしてもらいました。
実はこの2ヶ月の間に、
会社の中では、ここでは詳しく書けないような大きな出来事がありました。
社長にとっても、
かなりショックの大きい出来事だったと思います。
そんな状況の中での、今回のリーダー育成研修でした。
今回、もう一つ印象的だったのは、参加メンバーの変化です。
前回は、
外国人社員の方が2名、
日本人社員の方が4名という構成でした。
それが今回は、
外国人社員の方が2名増えて4名。
日本人の正社員の方が3名。
合計7名での研修になりました。
そこで改めて感じたのが、言葉の難しさです。
私も、外国人社員の方にも伝わるように、
ひらがなで書いた資料を準備して行きました。
ただ、今回の研修は、
そもそも日本人の社員さんにとっても
簡単な内容ではありません。
リーダーとして、
自分は何を考えたのか。
相手にどう関わったのか。
自分の行動をどう振り返るのか。
そして、それを自分の言葉でどう表現するのか。
日本人でも、かなり考えさせられる作業です。
外国人社員の方の場合は、
日本語で聞き、日本語のレジュメを見て、
それを自分の母国語で理解し直し、
さらに日本語で発表する。
当然、日本語の習熟度も一人ひとり違います。
言葉が片言になることもありますし、
うまく表現できないこともあります。
でも、その中で、とても印象的な場面がありました。
今回の振り返りでは、一人が発表したあと、
残りのメンバーが一言ずつフィードバックをする形にしました。
そのとき、外国人社員の方々が、
本当にまっすぐな言葉で感謝を伝えていたのです。
「教えてくれて、ありがとうございました」
「いつも丁寧に対応してくれて、ありがとうございます」
「すごくいい人です」
言葉としては、とてもシンプルです。
でも、その分、とてもストレートに伝わってきました。
日本人の場合、こういう場面では、
少しオブラートに包んだり、
抽象的に言ったりすることがあります。
それはそれで、日本人らしい配慮でもあります。
ただ、今回の外国人社員の方々の言葉は、
少ない言葉だからこそ、余計に気持ちが伝わってきました。
それを聞いた日本人社員の方々も、
きっと嬉しかったと思います。
「自分の関わりが、ちゃんと相手に届いていた」
そう感じる場面だったのではないかと思います。
そして、今回もう一つ、
私にとって大きな気づきがありました。
それは、研修後に社長からいただいた言葉です。
この会社の社長は、研修を一緒に受講するというよりも、
社員さんたちの様子を見守る立場で参加されています。
今回、社長は、
社員同士がお互いに振り返りをし、
フィードバックをし合う姿を見て、
とても心を動かされたようでした。
研修後、社長から、
「このメンバーでやっていけると思えた」
「今いるメンバーに、改めて可能性を感じた」
「これからに向けて、勇気を持つことができた」
というような言葉をいただきました。
正直、これは私にとっても
とても印象に残る言葉でした。
これまでも研修の中で、
社員さんの成長を感じる場面はありました。
最初はなかなか話せなかった人が、
少しずつ自分の考えを言葉にできるようになる。
相手の話を聞いて、
自分なりにフィードバックできるようになる。
そういう変化を見るたびに、研修の意味を感じてきました。
ただ、今回は少し違いました。
社員さんが学ぶ。
社員さんが成長する。
それだけではなく、その姿を見た社長が、
もう一度、社員さんたちに可能性を感じる。
会社の未来に対して、
勇気を持つ。
その場面に立ち会ったような気がしました。
研修というと、
どうしても受講者のためのものだと考えます。
もちろん、それは間違いありません。
でも、今回改めて感じたのは、
研修は、受講者だけのものではないということです。
社員さんが真剣に考えている姿。
仲間に感謝を伝える姿。
お互いの成長を見ようとする姿。
そういう姿は、それを見守る経営者の力にもなる。
経営者は、いつも強く見えるかもしれません。
でも、本当は不安もあります。
このメンバーで大丈夫だろうか。
これから会社はうまくやっていけるだろうか。
自分の考えている方向に、社員はついてきてくれるだろうか。
そんな不安を抱えていることもあります。
特に、会社の中で大きな出来事があった後であれば、
なおさらだと思います。
だからこそ、
社員さんたちが真剣に向き合う姿は、
社長にとって大きな勇気になったのだと思います。
今回の研修で、私は改めて感じました。
リーダー育成研修は、
単に知識を伝える場ではありません。
社員さんが、自分の言葉で考えを表現する場です。
仲間の考えを聞く場です。
お互いの関わりを確認する場です。
そして時には、社長が社員さんたちの可能性を
もう一度信じるきっかけにもなる。
そういう力があるのだと思います。
研修後に社長から、
「勇気を持つことができた」
という言葉をいただいたとき、
私自身も大きな勇気をもらいました。
研修講師として、とてもありがたい時間でした。
これからも、
参加者の皆さんが自分の言葉で考え、
お互いに学び合える場を大切にしていきたいと思います。
無自覚臭ならぬ、無自覚セクハラに気をつける
最近、久しぶりにテレビを見ていたら、
リセッシュのCMで
「無自覚臭」
という言葉が出てきました。
自分では気づいていないけれど、
周りには伝わっている臭い。
なるほど、うまい言葉だなと思いました。
そこでふと思い出したのが、
セクシャルハラスメント、いわゆるセクハラです。
セクハラにも、
「無自覚セクハラ」
というものがあります。
本人にセクハラをするつもりはない。
相手を傷つけようとか、からかってやろうとか、
貶めてやろうという意図もない。
それでも、言われた側、された側が、
その言動をセクハラだと感じている。
こういうものを、無自覚セクハラといいます。
一方で、意図的セクハラというものもあります。
これは、相手を貶める。
からかう。
馬鹿にする。
そういった加害の意図に基づいて、
性的な話題や性別に関する言動で嫌がらせをするものです。
たとえば、
「あの人は年だから、難しいことを言っても理解できないよ」
「お前、彼女いないの?もしかしてそっちの気があるんじゃないの?」
「あの人、注意するとすぐブスっとするよね。女って扱いづらいわ」
こういうものは、明らかに相手を下に見たり、
馬鹿にしたりしている発言です。
これは当然、注意しなければいけません。
ただ、実際の相談で多いのは、
こうした分かりやすいものばかりではありません。
むしろ多いのは、
言った本人はそこまで悪気がない。
でも、相手は本気で嫌がっている。
そういう微妙なケースです。
たとえば、
男性上司が女性部下を心配して、食事に誘う。
上司としては、
元気がなさそうだから励ましたい。
話を聞いてあげたい。
そんな気持ちだったのかもしれません。
でも、部下からすると、
仕事外で二人きりの食事に誘われること自体が
苦痛だったということがあります。
また、
「育休取れていいわね。私が若い頃は、退職が当たり前だったのよ」
という言葉もあります。
言った年配の女性からすると、
今の制度をうらやましく感じたのかもしれません。
自分たちの時代の大変さを、
少し分かってほしかったのかもしれません。
ただ、若い女性からすると、
嫌味のように聞こえることがあります。
実際、私が銀行に入った2000年頃は、
社内結婚をすると女性は退職するのが当たり前、
というような空気がまだありました。
今考えると不思議ですが、
当時はそういう時代だったのだと思います。
他にも、
「君のレポートはよくできている。女にしておくのはもったいない」
という言葉があります。
言った本人は、
褒めているつもりだったのかもしれません。
レポートがよくできていると本気で思っていたのでしょう。
ただ、言葉の選び方がまずい。
褒めているようで、性別で見ていることが伝わってしまいます。
ボディタッチ。
下ネタ。
デュエットの強制。
ちゃん付け。
こういったものも、本人としては、
場を盛り上げたい、
フランクな関係を作りたい、
親しみを込めている、
という気持ちかもしれません。
でも、相手がどう受け止めるかは別です。
ここが、無自覚セクハラの難しいところです。
本人に悪気がない。
加害の意図もない。
でも、受け手は本気で困っている。
そして、相談を受けた上司や人事担当者は、
その言動をどう判断するのかを考えなければいけません。
ここでよく出てくるのが、
「相手がハラスメントだと感じたら、ハラスメントになる」
という言い方です。
この言葉だけを聞くと、
「そんなの、感じた者勝ちじゃないか」
と思う方もいるかもしれません。
ただ、正確には、相手が不快に感じたからといって、
必ずハラスメントになるわけではありません。
その言動の内容。
言われた場面。
お互いの関係性。
発言の継続性。
不快に感じたことの合理性や妥当性。
そういったものを見ながら、
総合的に判断する必要があります。
たとえば、
「部長って、生きているだけでセクハラよね」
これは、さすがに理不尽です。
部長がかわいそうです。
むしろ、その発言をした人の方が、
セクハラになる可能性があります。
つまり、
「嫌だったら何でもセクハラ」
というわけではありません。
では、なぜ
「相手がハラスメントだと感じたら、ハラスメントになる」
と言われるのか。
それは、会社や上司、人事部が、
グレーゾーンの相談に対応しなければならないからです。
相談した人が本気で不快に感じている。
同じ言動を、他の人も不快に感じるかもしれない。
このまま続けば、
職場の問題が大きくなるかもしれない。
そう考えると、会社としては、
「本人に悪気はありませんでした」
だけでは済みません。
たとえ明確にセクハラと断定できない場合でも、
「その言動は、セクハラに該当する可能性があります」
「誤解を招くので、今後は控えましょう」
と対応せざるを得ない場面が出てきます。
つまり、
法律的に何でも即アウトと判断できないけども
会社が相談を受けた以上、
グレーだから何もしない、というわけにもいかない。
その結果として、
「相手がセクハラだと感じたらセクハラになる」
という構造になりやすいのです。
ここが、無自覚セクハラのややこしいところです。
以前、佐川急便の件で、
「職場で『〇〇ちゃん』はセクハラ 元同僚に22万円支払い命令」
というような記事が出ていました。
このタイトルだけを見ると、
「えっ、ちゃん付けで呼ばれたら、22万円もらえるの?」
と早とちりしそうになります。
でも、実際には、
ちゃん付けだけが問題になったわけではありません。
「かわいいよね」
「体型いいよね」
といった発言もあったようです。
その結果、女性はうつ病と診断され、
退職に至ったとされています。
つまり、
ちゃん付けだけでセクハラ認定された、
という単純な話ではありません。
ただし、裁判所は、ちゃん付けについても、
業務上必要な呼び方ではないという趣旨の判断をしています。
ここに反発を覚える方もいると思います。
「うちの会社では普通にちゃん付けしている」
「本人も嫌がっていない」
「そんなことでセクハラになるのか」
そう思う気持ちも分かります。
私自身、過去に
ちゃん付けで呼んでいた人もいました。
ただ、この問題は、
本人同士の関係性だけで考えると危ないのです。
本人は嫌がっていないように見えても、
それを周りで聞いている人が不快に感じることがあります。
あるいは、
「あの人はちゃん付けされているのに、私はされていない」
「距離感に差をつけられているように感じる」
と受け取る人もいるかもしれません。
もしそういう相談が人事や総務に入ったら、
会社としては対応を考えなければいけません。
「ちゃん付けくらいいいじゃないか」
と言いたくもなるでしょう。
でも、あれこれ問題になるくらいなら、
職場では全員をさん付けにしましょう、という方向になることもあります。
逆に、
「それなら、もう全員ちゃん付けにしたらいいんじゃないか」
と思わなくもありません。
ただ、さすがにそれはそれで、別の問題が起きそうです。
社長もちゃん。
部長もちゃん。
新入社員もちゃん。
一瞬、職場の雰囲気はやわらかくなるかもしれませんが、
たぶん仕事はしづらくなります(笑)
結局、職場では、
余計な誤解を生まない呼び方にそろえる。
その方が、無難なのだと思います。
これも、無自覚セクハラのややこしさです。
特に下ネタなどは注意が必要です。
男性上司と女性部下の間では、
その場では笑って流されているように見える。
でも、それを聞いている周りの人が
不快に感じていることがあります。
「本人が嫌がっていないから大丈夫」
ではありません。
職場には、
そのやり取りを見聞きしている第三者もいるからです。
無自覚セクハラで大事なのは、
まずそういう問題があると知ることです。
自分には悪気がない。
相手を傷つけるつもりもない。
だから大丈夫。
そう思っているところに、リスクがあります。
誤解されるような言動は慎む。
性別に関する決めつけをしない。
親しさを理由に、距離感を詰めすぎない。
職場では、できるだけ業務上必要な言葉を選ぶ。
こうした意識が大切です。
この話を研修ですると、たまにアンケートで、
「生きづらい世の中になったものだ」
「もう女性とは必要なこと以外話さない」
という感想をいただくことがあります。
その気持ちも分からなくはありません。
ただ、極端に考える必要はないと思います。
大事なのは、
コミュニケーションをなくすことではありません。
相手が安心して働けるような
コミュニケーションを取ることです。
必要な会話はする。
感謝も伝える。
気遣いもする。
ただし、相手の受け止め方や、
職場全体への影響にも目を向ける。
それが、今の時代に求められるコミュニケーションなのだと思います。
ちなみに、
「セクシャルハラスメント」
という言葉は、
平成元年の流行語大賞にもなっています。
当時は、
それだけ社会に広がった言葉だったのだと思います。
ただ、今の時代だったら、
審査員の方々も困るかもしれません。
「たしかに流行ってはいるけど、これを“流行語”として表彰していいのか…」
「うーん、セクハラを流行語大賞にすること自体、セクハラと言われないか…」
「炎上しちゃうんじゃないか…」
「よし、やっぱ別の無難なやつを大賞にしておこう!」
そんな話になりそうです(笑)
セクハラという言葉が広がった結果、
セクハラという言葉の扱いにも気を遣う。
なんだか、ややこしい時代になりました。
無自覚臭なら、
誰かが気づいてくれるかもしれません。
でも、無自覚セクハラは、
気づいたときには人事部から呼ばれているかもしれません。
やっぱり、早めに気づきたいものです(笑)
人は正論よりも、ストーリーに引き込まれる
先日、大分県社会保険労務士会の研修に参加するため、
大分まで行ってきました。
内容は、カスタマーハラスメントと
パワーハラスメントへの対策です。
私自身も最近、
カスタマーハラスメントやパワーハラスメントの研修を
行う機会がとても増えています。
その意味では、
今回の研修は自分自身の勉強でもありました。
また、講師を務められたのは、
以前から知っている東京の弁護士の先生です。
さらに、佐賀県社会保険労務士会の仲間も、
その研修に関わるとのことでした。
知っている先生が講師をされる。
佐賀の仲間も関わる。
これは勉強にもなるし、
応援にも行かないわけにはいかない。
そんな気持ちで、
1泊2日で大分まで行ってきました。
この弁護士の先生が、
かなり特徴的な方です。
弁護士というと、
裁判で戦う人というイメージを持たれる方も多いと思います。
でも、その先生は、
できれば裁判はしたくない、という考え方を持たれています。
もちろん、
裁判そのものを否定されているわけではありません。
ただ、その先生は、
企業側の顧問弁護士として関わることが多いそうです。
その立場からすると、
社員から会社が訴えられるような状態になった時点で、
会社側はかなり厳しい状況に置かれていることが多い。
つまり、裁判で勝つか負けるか以前に、
そこまで問題がこじれてしまったこと自体が、
企業にとって大きなダメージになっている。
だからこそ、
裁判になる前の予防が大事だ。
そういう話をされていました。
この考え方に、
私もとても共感しました。
問題が起きてから対応するのではなく、
問題が起きないようにする。
あるいは、問題が小さいうちに気づく。
そこに力を入れることが、
本当の意味で会社を守ることにつながるのだと思います。
では、予防とは何か。
その先生が力を入れているのは、
社員研修、ミーティング、面談などです。
法律を知ってもらう。
職場のコミュニケーションを見直す。
問題が大きくなる前に、
違和感や不満を拾う。
そうした日常の関わりが、
結果としてトラブルの予防につながる。
その話を聞きながら、
やはり研修や面談の重要性を
あらためて感じました。
そして、この先生がすごいのは、
研修のやり方です。
以前、私はその先生の紙芝居研修を
受けたことがあります。
紙芝居といっても、
ただ絵を見せながら読むだけではありません。
一人何役もこなす。
声も役ごとに変える。
表情も変える。
効果音や鳴り物も使う。
法律の研修のはずなのに、
気づけば物語に引き込まれている。
そんな研修でした。
もともと漫画を描くのが好きで、
それが高じて、紙芝居を使った研修を始められたそうです。
きっかけは、独立当初に研修を頼まれたときのことだったそうです。
弁護士として一生懸命、
法律の話をした。
ところが、受講者が寝る。
とにかく寝る。
そこで、
どうすれば受講者を眠らせずに、
大事なことを伝えられるかを考えた。
その結果、紙芝居にたどり着いたそうです。
人は、ストーリーに惹かれます。
子どもの頃から、
絵本を読んでもらったり、
紙芝居を見たり、
漫画を読んだりしてきました。
物語があると、
人は自然と引き込まれます。
登場人物がいて、
場面があって、
困ったことが起きて、
それがどうなっていくのか。
その流れがあると、
法律の話もただの知識ではなく、
自分ごととして受け止めやすくなります。
その先生の紙芝居研修を見たときも、
まさにそうでした。
法律の話なのに、
難しい説明を聞かされている感じがしない。
気づけば、登場人物のやり取りを通じて、
問題の流れや注意点が入ってくる。
もう、弁護士というより、
役者ではないかと思うくらいでした。
実際にお会いしても、
とても明るく、人当たりがよく、誠実な先生です。
弁護士の先生に対して失礼かもしれませんが、
いい意味で、いわゆる弁護士っぽくない方です。
では、今回の大分での研修も紙芝居だったのか。
実は、今回は紙芝居ではありませんでした。
なんと、寸劇でした。
しかも、佐賀県社会保険労務士会から参加された
2人の先生が、寸劇に登場されました。
この2人の先生は、
普段からコミュニケーション力があり、
表情も豊かです。
きっと演じるのも上手いだろうなと思っていましたが、
案の定、すごかったです。
衣装にも工夫があり、
かつらをかぶったり、
印象的なメガネをかけたり。
細かいところまで、
いろいろな工夫がされていました。
もちろん内容は、
カスタマーハラスメントやパワーハラスメントへの対応という、
とても大事なテーマです。
でも、見せ方に工夫があるので、
重たいテーマなのに引き込まれる。
私自身も、研修中に何度も笑ってしまいました。
知っている弁護士の先生が講師をされ、
仲のよい佐賀の社労士の先生方が寸劇に出る。
そういう意味でも、
今回の研修はとても楽しみにしていました。
研修を見ながら、
あらためて感じたのは、
やはり人はストーリーに惹かれるということです。
たとえば、単に
「法律上、こうしなければいけません」
「会社にはこういう義務があります」
「これをやっていないと問題になります」
と言われると、
たしかに正論ではあります。
でも、聞く側からすると、
少し耳が痛い。
やらなければいけないことが増える。
面倒なことを言われている。
そんな受け取り方になることもあります。
特に経営者の方にとっては、
「分かってはいるけど、なかなかできない」
ということも多いと思います。
でも、そこにストーリーが入ると、
受け取り方が変わります。
ある会社で、こういうことがあった。
社長は以前から少し気にはなっていた。
でも、忙しさもあり、
なかなか手をつけていなかった。
そうしているうちに、
ある日、社員から訴えられた。
そこから対応に追われ、
会社全体が大変なことになった。
こういう流れで話を聞くと、
場面が想像できます。
「ああ、うちでも起こり得るかもしれない」
「そうなる前に、やっておかないといけないな」
そう感じやすくなります。
正論だけでは、人はなかなか動きません。
でも、ストーリーになると、
自分ごととして考えやすくなります。
これは、私自身の研修でも感じていることです。
特にカスタマーハラスメントについては、
私も銀行員時代に、
カスハラと言えるようなもの、
あるいはカスハラに近いものをいろいろ経験してきました。
その体験談を研修の中で話すことがあります。
すると、受講者の方が
一番覚えているのは、
法律の細かい説明ではなく、
そのストーリーだったりします。
もちろん、法律やルールを伝えることは大切です。
ただ、それだけではなかなか残りません。
具体的な場面。
そのときのやり取り。
困ったこと。
どう対応したのか。
そういう話になると、
受講者の方の表情が変わることがあります。
「それ、ありますよね」
「うちでも似たようなことがあります」
そうやって、
自分たちの現場とつながっていく。
そこに、研修の意味があるのだと思います。
今回の大分での研修を受けて、
あらためて、ストーリーの力を感じました。
紙芝居でも、寸劇でも、
体験談でも、事例でもいい。
大事なのは、
聞いている人が場面をイメージできること。
そして、
「自分ならどうするか」
「自分の職場ではどうか」
と考えられること。
法律を伝えるだけではなく、
人が動きたくなるように伝える。
これは、研修講師として
私ももっと意識していきたいところです。
ちなみに、今回の研修後は懇親会もありました。
会場のすぐ近くで、
関あじ、関さば、豊後牛、大分名物の唐揚げなど、
大分らしい料理をたくさんいただきました。
そして、夕方5時半から飲み始めて、
気づけば帰ってきたのは夜中の1時。
しかも4次会まで。
研修では、
人はストーリーに引き込まれる、
ということを学びました。
そして懇親会では、
人は大分の夜にも引き込まれる、
ということを身をもって学びました。
夕方5時半に始まった懇親会が、
気づけば夜中の1時。
大分の夜、
ストーリー以上に引きが強かったです(笑)











