ブログ
「3年A組」と「最高の教師」に見る「事例ストーリー」の力
またまたNetflixの話で恐縮ですが、最近、『3年A組』と『最高の教師』を観ました。
『3年A組』は以前テレビで観ていたのですが、当時は
「先生がそんなことする?」
「そんなことをしたって、ドラマを観ている人が変わるわけないだろ」
と、少し斜に構えて見ていました。
一方、『最高の教師』は今回初めて観ました。
タイトルの印象とはかなり違って、なかなか重たく暗い展開です。
ただ、この2作品には共通点があるなあと感じました。
どちらも、1人の生徒の死が大きな軸になっている作品です。
そして主人公である先生自身もまた、
自分の生き死にに関わる重たい状況の中に置かれています。
さらに印象的なのは、先生が生徒に投げかける言葉です。
本質をズバズバと突いてきて、生徒が言葉に詰まったり、逆ギレしたりする。
そんな先生と生徒のやり取りが、この2作品の大きな見どころだと思います。
ただ、私が特に面白いと思ったのは、
あの作品そのものが大きな「事例ストーリー」になっていることです。
実際にあったエピソードや、誰かの体験に基づくストーリーには、
人の感情を動かす力があります。
なぜなら、聞き手がそのストーリーに自分を投影し、
共感しながら受け取ることができるからです。
私が師事している和仁達也先生は、こうした人の心を動かす具体的な話を
「事例ストーリー」と呼んでいます。
たとえば、中学生の娘が最近反抗的で、話しかけてもそっけない返事しか返ってこない。
そんなときに、
「そんな態度はやめなさい」
「ちゃんと話を聞きなさい」
と正面から叱ると、余計にこじれてしまうことがあります。
そういうときに、
こんな事例ストーリーが効果的だと和仁先生は言います。
「ママも中学生の頃、どうしても親と話したくない時期があってね。
話しかけられても無視したことがあったんだよ。
でもある日、受験勉強していたら、
お母さんが黙って夜食のおにぎりをドアの外に置いてくれていて、
“ああ、応援してくれているんだな”って分かって、それだけで泣けてきたんだ」
こんなふうに、娘さんを非難するのではなく、
「あなたのことを見ているよ」
「応援しているよ」
というメッセージをにじませるストーリーです。
こういう話は、まっすぐな説教よりも案外心のどこかに残ったりします。
あるいは、
「知り合いの娘さんの話なんだけどね」
と、少し距離のある他人の事例として話すのもひとつです。
近い関係の人の言葉は、どうしても
「結局、私に言ってるんでしょ」
と受け取られてしまいがちです。
でも、他人のストーリーになると、
相手は少し構えを解いて聞くことができます。
直接自分を責められているわけではないので、
余裕を持って受け止めやすいのです。
『3年A組』も『最高の教師』も、まさにこの構造を持っているように思います。
ドラマの中では、先生が生徒に対して本質を突く言葉を投げかけます。
生徒は言葉に詰まったり、答えられずに逆ギレしたり、
感情をむき出しにしたりする。
あのやり取りは、もちろん物語の中の出来事です。
でも、見ている側はそこに自分を重ねてしまう。
「これは自分にもあるかもしれない」
「逆ギレせずに冷静になれよ」
「なんで先生の言葉を素直に受け止めないのだろう」
「自分も同じようなことをしているかもしれない」
「昔、こういうことを言われたかったのかもしれない」
そんなふうにテレビの向こう側で起きているやり取りを、
自分のストーリーとして受け取り始めるのです。
けれど、自分が直接言われているわけではない。
言われているのは、テレビの中の生徒です。
だからこそ、こちらは少し距離を保ったまま、
その言葉を聞くことができます。
もしあれを真正面から
「あなたはこうです」
「あなたの問題はここです」
と直接言われたら、人はたぶん防御反応を起こします。
怒るか、拒絶するか、言い訳するか、
素直に受け止めるのはなかなか難しいでしょう。
でも、ドラマという形を通すことで、私たちは“他人の話”として見ながら、
同時に“自分の話”としても受け取ることができます。
これが事例ストーリーの力なのだと思います。
私は普段のコンサルティングの場で、経営者に何かの導入を促すときにも、
この事例ストーリーを大切にしています。
たとえば、
「定年の引上げをしませんか?」
とストレートに言うと、
相手は拒絶反応を示しやすいのです。
「簡単に言うなよ」
「政府が勝手にそっちへ持っていきたいだけだろ」
そんな反応になることもあります。
でも、こういう伝え方ならどうでしょうか。
「ある経営者は、自分の会社で長年貢献してくれた社員を最後まで面倒みてあげたい、
そんな理念を持っていたそうです。
ただ、定年を引き上げても体力的に今の仕事は続けられない。
そこで社長は定年引上げと同時に高齢者でも働ける受け皿となる部署を新たにつくったんです。
ここまでやるかどうかは、会社の理念や経営者の想い次第なんでしょうけどね」
こう投げかけると、多くの経営者は
「それは素晴らしいな」
「やっぱり高齢の社員も大切にしてあげたいな」
という方向に気持ちが動きやすくなります。
つまり、人の感情を動かし、
「自分ごと」として受け止めてもらうためには、
事例ストーリーの力はやはり大きいということです。
『3年A組』も『最高の教師』も、単なる学園ドラマではなく
見る人が自分を投影し、余裕を持って本質を受け止めることができる
非常に強い事例ストーリーなのだと思います。
だからこそ、多くの人の心に残るのでしょう。
……とはいえ、もし現実にあんな先生が目の前にいて、本質をあそこまで鋭く突きつけてきたら、
私もきっと生徒たちと同じように言葉に詰まるか、逆ギレする側に回るかもしれません(笑)
やはり人は、“ちょっと距離のある物語”だからこそ、
素直に学べるのかもしれませんね。
Z世代と話して、正直見直した話
先日ある行政部署の方が、
お店を貸し切って職場の方や知り合いを集めた飲み会を開催されました。
私にも当日に急きょお声がけをいただき、
たまたま予定が空いていたので参加してきました。
会場に行ってみると、そこにはその行政部署の若手職員の皆さんがぎっしり!
ほぼ全員男性で、女性が少し。
いわゆるZ世代が7割くらいを占めていました。
まず最初に感じたのは、
「みんな、お肌がツヤツヤだな……」
ということです(笑)
あらためて、
「自分も歳を取ったなあ」
と実感しました。
おじさん世代の方々はだいたい知り合いだったのですが、
若い皆さんはほぼ初対面です。
正直、
「あちゃー、ちょっと場違いだったかな」
「Z世代とちゃんと仲良くなれるだろうか」
そんなことを少し心配していました。
ところがです。
なんと、若いほうから普通に話しかけてくれたんです。
これは正直、ちょっと驚きました。
Z世代、恐るべし。
知らないおじさん相手でも物怖じせず、自然に声をかけてくる。
これはなかなかすごいことだと思いました。
私なんか、20代の頃に飲み会の場で知らないおじさんが来たら、
「どうせ面倒くさい話か、説教くさい話になるんだろうな」
と思って、
まず自分から話しかけることは絶対にしないです(笑)
そんな意味でも、
今回こちらに声をかけてくれたのは本当にありがたかったです。
おかげで、仕事の話をしたり、情報交換をしたり、
今後の仕事への向き合い方について少し助言をしたりと、
思いのほか楽しい時間を過ごすことができました。
そして、そこであらためて感じたことがあります。
それは、Z世代は「多様性」が当たり前の世代なのだなということです。
SNSなどを通じて、
国籍も性別も文化も違う人たちと日常的に接している。
だからこそ、
「みんな違って当たり前」
「正解は一つじゃない」
「上司と部下であっても、同じ一人の人間として尊重すべき」
そんな感覚がかなり自然に身についているのだと思います。
私はこれまでZ世代に対して、
どこか冷ややかな見方をしていたところがありました。
「打たれ弱いのではないか」
「距離感が独特なのではないか」
「上の世代とうまくやるのが苦手なのではないか」
そんな先入観が、正直少しあったと思います。
実際にZ世代の長女はおじいちゃんの説教に対して
「それはおじいちゃんの考え方だよね」
と、ひろゆきみたいに言い返しています(笑)
でも今回の飲み会で、その見方はかなり変わりました。
彼らは、年齢や肩書で相手を見るというより、
もっとフラットに人を見るのです。
年上だから過剰に構えるわけでもない。
肩書があるからといって変にへりくだるわけでもない。
逆に相手が誰であっても、自然にひとりの人として接している。
だからこそ、
こんなおじさんにも普通に話しかけてくるわけです(笑)
これは、見直しました。
もちろん世代によって考え方や価値観に違いはあります。
ただ、その違いを単純に
「最近の若者は……」
で片づけるのではなく、
「この世代には、この世代なりの強みがある」
と見ていくことが大事なのだろうと思います。
今回の出来事を通して、私自身もZ世代に対して少し見方が変わりましたし、
学ぶことも多くありました。
人を年齢や肩書で判断しない。
まずはフラットに相手を見る。
これは職場のコミュニケーションでもとても大切なことなのかもしれません。
……とはいえ、あまりにも自然に話しかけてもらえたので、
こちらとしては少しうれしくなってしまい、
「まだ自分もギリギリ“面倒くさいおじさん”認定されていないのかもしれない」
と、勝手に安心して帰ってきました(笑)
人の頑張りが、自分の勇気になる
最近、知り合いが働いている姿を見る機会が、
たまたま二度ほどありました。
二人とも本当に一生懸命で、
「頑張っているなあ」
「自分も頑張らなきゃな」
と、こちらが勇気をもらうような場面でした。
そのときに、あらためて思ったことがあります。
これは私自身、研修の中でもよくお伝えしているのですが、
グループワークのあとに意見をシェアしてもらう理由は、
単にコミュニケーションを取るためだけではありません。
もちろん、
お互いの考えを知ること、
会話のきっかけをつくること、
場の空気をやわらかくすること、
そうした意味もあります。
ただ、それだけではないんです。
私が大切にしている理由の一つに、
「代理体験による自己肯定感の向上」
があります。
少し難しい言葉ですが、要するに、
他人が頑張っている姿や、努力している話に触れることで、
自分にも前向きな力が湧いてくるということです。
たとえば、
「この人も悩みながら頑張っているんだな」
「この人も挑戦しているんだな」
「じゃあ、自分ももう少しやってみようかな」
「自分だって、まだまだできるかもしれない」
そんなふうに感じることがあります。
これが、まさに代理体験です。
自分自身が直接成功したわけではなくても、
身近な誰かの頑張りや前進に触れることで、
自分の可能性まで少し信じられるようになる。
人は案外、自分一人で自信をつけるのは難しくても、
誰かの姿を通して勇気をもらうことはできるのだと思います。
たとえば、サッカーワールドカップでの
日本対オランダ戦。
2回リードされても2回追いついたあの試合は、
観ているこちらにもかなり勇気を与えてくれたのではないでしょうか。
正直、諦めかけていたのは観ている側のほうで、
選手や監督は最後までひとつも諦めていなかったのだと思います。
だからこそ追いつけたし、その姿を見て
「自分も諦めたらいかんな」
と思えた人も多かったはずです。
こういうのも、まさに代理体験だと思います。
だから私は研修の中でも、
ワークの内容そのものだけでなく、
「その人がどんなことを考えているのか」
「どんなふうに頑張っているのか」
が伝わるようなシェアの時間を大切にしています。
それによって、
単にその場が盛り上がるだけでなく、
自分に少し自信が持てる
自分の可能性を信じやすくなる
「もう少しやってみよう」と思える
そんな効果も期待できるからです。
実際、研修の場でも、誰かの発言を聞いて
表情が変わる方がいらっしゃいます。
「それ、分かるなあ」
「自分だけじゃなかったんだな」
「その考え方、いいな」
そんな小さな気づきが、
次の一歩につながっていくのだと思います。
最近知り合い二人の働く姿を見て、
私自身がまさにそれを体感しました。
頑張っている人の姿には、
不思議と人を前向きにする力がありますね。
ということは、もしかすると私もどこかで
誰かにとっての“代理体験”になれていたらうれしいなと思いました。
……とはいえ、まずは自分が
「頑張っているように見える人」
でいられるよう、
もう少し姿勢よく働こうと思います(笑)
ETCカードで気づいた「生存者バイアス」の怖さ
またまた私事で恐縮ですが、ついにETCカードを導入しました!
「今さらかよ」
という感じですね(笑)
これまでそんなに高速道路に乗る機会がなかったんです。
乗ったとしても月に1〜2回程度。
料金所での支払いも、そこまで大きな負担ではないと思っていたので、
ずっと導入せずにきました。
ところがあるとき、ふと
「実際のところ、料金所でのストレスってどれくらい減るんだろう?」
と思ったんです。
そこでついにETCカードを取り寄せ、
車載器にセットしてみました。
あの瞬間の緊張感は、
初めてスマホのSuicaを使ったときにちょっと似ていました。
「ちゃんと反応してくれるのか?」
「高速入口のバーは本当に上がるのか?」
そんな不安を抱えながら、いざ料金所へ。
結果は――
無事に高速入口を通過。
料金所もスムーズに通り抜け成功!
いやあ、快適ですね(笑)
それから何度か高速に乗りましたが、
あまりにも快適すぎて、
本当は少し節約のために下道で行けばいいところまで、
つい高速を選んでしまいそうで怖いくらいです。
この体験を通して、私が感じたのは、
「思い込みって怖いな」
ということでした。
どこかで私は、
「男は黙って料金所で現金払い!!」
みたいなクールポコ的な昭和の固定観念を持っていたのかもしれません(笑)
でも、仕事の現場でも、こうした固定観念は意外と厄介です。
特にパワハラを起こしやすい人の中には、
こんな考え方が見られることがあります。
「厳しい指導をしてくれる先輩がたくさんいたおかげで、俺はここまで育った」
「誰も教えてくれない環境の中、自分で試行錯誤したからこそ今の俺がある」
もちろん、そういう面もあるのかもしれません。
でも、本当にそれだけでしょうか。
少し厳しく言えば、
「それ、武勇伝っぽく“盛って”いませんか?」
「周囲のサポートや助けてもらったことを忘れていませんか?」
「もっと効率のよいやり方があったのではないですか?」
そう問い直してみる必要もあると思うのです。
そして、こうした固定観念を支えてしまう考え方の一つが、
「生存者バイアス」です。
生存者バイアスとは、
うまくいった人、生き残った人、成功した人だけを見て判断し、
途中で脱落した人や失敗した人の存在を見落としてしまうこと。
この言葉が広く知られるきっかけとして有名なのが、
第二次世界大戦中の統計学者アブラハム・ウォールドの話です。
当時、帰還した爆撃機の機体を調べると、ある場所に弾痕が多く見つかりました。
そこで最初は、
「弾がたくさん当たっている部分を重点的に補強すべきだ」
と考えられました。
しかしウォールドは、そうではないと指摘しました。
なぜなら、調査対象になっているのは
「帰ってこられた飛行機だけ」だからです。
つまり、本当に補強すべきなのは、帰還機に弾痕が少ない部分。
そこに被弾した飛行機は、
そもそも帰ってこられなかった可能性が高いからです。
これが、生存者バイアスの由来です。
職場でもこれと同じことが起こります。
たとえば、
「厳しく育てられたおかげで自分は成長した」
そう語る人がいたとしても、その一方で、
・厳しい指導で心が折れて辞めていった人
・誰にも教えてもらえず不安の中で辞めていった人
・理不尽な環境に耐えきれず離脱した人
がたくさんいたかもしれないのです。
それなのに、今そこに“生き残っている自分”だけを見て、
「だからこのやり方は正しい」
と結論づけてしまう。
これはかなり危ういことです。
だからこそ私はハラスメント予防研修の中で、
「今うまくやれている自分だけを基準にしないでください」
ということをお伝えしたいのです。
自分が耐えられたからといって、
他の人も耐えられるとは限らない。
自分がその環境で育ったからといって、
それが今の時代にも通用するとは限らない。
自分が生き残ったからといって、
そのやり方が最善だったとは限らない。
そう考えると
指導のあり方も少し変わってくるはずです。
ということで、ETCカードひとつでずいぶん大げさな話まで広がってしまいましたが(笑)
今回あらためて思いました。
思い込みは、本当に怖い。
そして、
「自分は大丈夫だった」
という実感ほど、案外あてにならないのかもしれません。
……とはいえ、ETCに関しては、今のところ完全に
「なんでもっと早く導入しなかったんだ」
という気持ちです(笑)
このままだと、
「男は黙って下道!!」
という最後の砦ともいえるクールポコ的固定観念さえ崩れてしまいそうで、
ちょっと自分でも心配になってきました(笑)
予防の大切さは、歯周病もハラスメントも同じかもしれない
お値段は少々しましたが、
ついに電動歯ブラシ
「ソニッケアー」を購入しました!
これまでの歯磨きルーティンは、
フロス → 歯ブラシで歯磨き → ドルツで歯間のジェットウォッシャー
という流れだったのですが、今は
フロス → ソニッケアーで歯磨き → ドルツで歯間のジェットウォッシャー
という、なかなかの“最強コース”になりました(笑)
ここまでくると、
毎回の歯磨きが少し楽しみになります。
むしろ、何か食べると
「また歯を磨かないといけないな」と思うので、
面倒になって間食まで減りました(^.^)
では、なぜここまでやるのか。
それは、虫歯予防というよりも、
歯周病予防のためです。
歯周病が進行すると、
歯を支える骨が溶けてしまい、
最終的には歯が抜けてしまうこともあるそうです。
さらに、歯周病は口の中だけの問題ではなく、
他の病気にも影響を及ぼす可能性があると言われています。
しかも歯科医の先生に聞いて驚いたのですが、
進行してしまった歯周病は、
現在の歯科医療でも完全に元通りに治すことは難しいそうです。
できるのは、進行を食い止めること。
つまり、悪化しないように管理していくことが
中心になるわけです。
これを知ったのが数年前でした。
それ以来、歯磨きのやり方を工夫し、
道具を見直し、
歯医者さんにも定期的に通うようになりました。
やはり予防は大事ですね。
……と言いながら、
実は私も企業向けにハラスメント「予防」研修を行っています。
ハラスメントもまさに“予防”が大切なテーマです。
中には、
「いやいや、自分たちはハラスメントなんてしていないよ」
と思っている方もいらっしゃいます。
もちろん、それ自体は悪いことではありません。
ただ、今は問題がなくても、これから先、
知らないうちに相手を傷つけてしまう可能性はあります。
また、研修の中で具体的な事例に触れることで、
「自分の言動には少し問題があったかもしれない」
「今までの関わり方を少し見直したほうがよさそうだ」
逆に、
「自分の対応はそこまで間違っていなかった」
といった形で振り返ったり、
自信を持ったりするきっかけにもなります。
つまり予防研修は
自分の言動を点検し、
よりよい関わり方に整えていくための場
でもあるのです。
ちなみに、
実際にはハラスメントの加害者がいて、
本人も自分が問題行動を起こしていることを認識している中で
研修を行うケースもあります。
そういう場合には、
その方に向けて内容をカスタマイズして研修を行ったりします。
本音を言えば、
そのようなケースでは研修名を
【ハラスメント「治療」研修】
としたいくらいです。
ただ、さすがに少し刺激が強すぎますので、
表向きは
【ハラスメント「予防」研修】
という名前で実施しています。
とはいえ、
ここで歯周病予防とハラスメント予防には、
大きな違いがあります。
歯周病は進行してしまうと元に戻すのが難しく、
現状維持が中心になります。
しかし、ハラスメントについては、
言動や関わり方をより適切なものに変えていくことが可能です。
ここは人間のすごいところかもしれません。
歯は一度悪くなると元通りにはなりにくい。
でも人の言動や考え方は、
学びや気づきによって変えていくことができる。
そう考えると、ハラスメント予防研修には、
単なる“予防”以上の意味があるように思います。
問題を未然に防ぐだけでなく、
よりよい関わり方を学び、
職場の空気を変え、
人間関係を少しずつよくしていく。
そんな前向きな可能性を持っているからです。
ということで、
これからもプライベートでは歯周病予防に励みつつ、
仕事ではハラスメント予防にも力を入れていこうと思います。
……ただ、歯磨きはソニッケアーがかなり頑張ってくれますが、
ハラスメント予防のほうはさすがに電動は無理でしょうね(笑)












